始まりは一通の手紙。兄弟愛の行方が気になる、ひと夏の物語(井上將利)
待ちわびた夏休みがあっという間に終わってしまいました……。
そんな虚しさを抱えつつ、皆様にはちょっぴり切ない夏の物語をお届けしたいと思います。
今回ご紹介するのは、ある兄弟のひと夏の出来事を描いた田倉トヲルさんの作品「拝啓、兄さん様」(幻冬舎コミックス)です。
大好きな兄が家を出て行って以来8年間、定期的にやり取りする文通が唯一の繋がりであった兄弟。主人公である豊が兄の稔から届いた手紙を読むシーンから始まる本作。まずこの冒頭の場面がとっても良くて、大切な手紙を読む豊の感情や心の声が丁寧に言語化されていて非常に印象深く、また兄への溢れんばかりの愛情が伝わってきます。本作全体を通してそうした心の声が随所に描かれており、セリフとは別軸の表現として物語を構築しているのが一つの見どころではないかと思います。
そして話は進み、兄・稔が実家に帰ってくるという急展開に。8年ぶりの兄弟の再会が本作のメインパートなのですが、お互い8年前から時が止まったまま。16歳になった豊と26歳の稔、時間の経過とは裏腹に変わらない兄弟愛が2人を悩ませていきます。
実は兄・稔は兄弟離れをするために実家に帰ってきたのですが、変わらず愛おしい豊を前になかなか思いを伝えられないまま過ごします。一方の豊もかつては兄を取り合った幼馴染の桃香に“稔はいつかいなくなる存在”という現実を突きつけられ、自分から兄離れしようと模索していきます。兄を困らせないために、兄離れするために、と懸命に考えながらも逆に兄への愛情が大きくなることに葛藤する豊。
そんな中で溢れ出た「好きを減らしていくにはどうしたらいいでしょうか」という豊の心の声がとてもリアルで、好き・嫌いはあっても“好きを減らす”という感情は捉え方も難しく印象的な表現でした。
また、2人を見守る桃香に加え、かつての恩師や母親が悩み葛藤する兄弟を導くようにかける言葉がグッとくるものばかりで、きっと皆さんの心にも刺さるはず。
そして愛おしくも切ない兄弟の愛情の行方は、様々な感情とぶつかり合いながらお互いの元へと向かっていきます。
一通の手紙から始まるひと夏の物語。ぜひ皆さんも読んでみてください。
花火のシーンにうっとり。職人の世界で繰り広げられる恋模様(キヅイタラ・フダンシー)
ギラギラと照らす日差しが穏やかになってくると、あれだけ暑くて文句を言ってしまう夏が終わるのを感じてさびしくなるのってなぜなんでしょうか(笑)。今回、ちょっと切なくなるこの短い季節の変わり目にオススメしたい作品はこちら!
ひむら亨さん「花雷(はならい)」(道玄坂書房)。
鮮やかで和な表紙が目を引きます! 表紙を飾る花火師の円(まどか)が迎えた花火工房・満点屋の三代目襲名の日。記念すべき襲名式でみんなに思いを語り、いざ祝杯をあげようとしたその時、大声で会場に乱入してきた青年・光輝(みつき)。突然現れた彼は、なんと祖父・重和の元愛人だというのです! しかもその関係の真偽はうやむやのままに、重和は笑顔で光輝を受け入れ、円は光輝の面倒を見る羽目になってしまいます。
実は光輝は幼少期に親からほったらかしにされて寂しい思いをしていて、重和の上げた花火に救われたことから、側にいたい一心で重和の“アイジン”になることを望んだのでした。マイペースで円の調子を狂わせながらも、重和の花火の美しさや人柄に惹かれたことを真剣に語る光輝の素直さに、少しずつ円も意識をするようになっていきます。大人になって帰ってきた光輝は、ある晩、重和に改めて自分の気持ちを伝えます。そしてその逢瀬を目撃してしまった円。3人の関係はどうなっていくのでしょうか……!?
職人の世界で繰り広げられる恋模様、男臭さのある工房に現れた光輝の、見た目は可憐ながら芯の強い存在が引き立っています。打ちあがって花開いた後に光と火の粉が飛び出す花火、“花雷”のように、激しく感情をぶつける光輝のまっすぐな気持ちが言動や表情からも伝わってきて、切なくなったり、ほっこりしたり、ストーリーもテンポ良く進むことも相まって、僕の気持ちもジェットコースターのように揺らされました(笑)。円も若い三代目ではあるものの、しっかりと職人気質な男前で、光輝へ抱き始めた気持ちに向き合っていくところがかっこいい! 最初はギャーギャー騒いでいた2人ですが(笑)、最後まで読んで良いコンビだな~としみじみしちゃいます。
また、随所に出てくる花火のシーンの描き込みがとても丁寧で、空に咲く大輪の花を河原で見上げる夏の風景が目に浮かんできてしばらく眺めてしまいました。ずーんと沈むような重い設定もなく、行為も控えめな描写なので、ライトな読者さんにも楽しんでもらいやすい作品だと思いますよ♪ 夏の終わりにぜひご一読ください!
運命の夏に始まるべくして始まった、輪廻転生ラブ!(貴腐人)
今月のお題は「夏の終わり。切なさに酔いしれるBL」。切なくもちょっと不可思議な感じだけどハッピーエンドな、牧コチコさんの「恋が、あの夏にある」(ジュリアンパブリッシング)をご紹介します。
亡くなった祖父の遺品整理のため大学の夏休み期間に帰郷した坂上涼太は、庭越しに儚げな青年・千鶴と出会います。生まれつき病弱な千鶴はほとんど家から出たことがなく、毎日話をするうちにいつかデートがしたいと望むほど仲良くなる2人。
ところが、毎日会っていた千鶴と千鶴が住んでいた離れが、ある日突然消えてしまいます。
涼太はタイムスリップしていたんですね。で、消えた千鶴の手掛かりを探すうちに祖父の書斎で日記を見つけ、読み進めると50年前の日記に「千鶴」の名前があったんです。千鶴は祖父の弟で、亡くなったのが50年前の8月25日。まさに千鶴と離れが消えた日付でした。
ところが、千鶴はちゃっかり生まれ変わっていたのです。涼太の幼馴染み・一生(いっせい)として!
一生は物心ついた時から自分以外の記憶があり、千鶴の人生を知っていて涼太に会うために生まれ変わったのだと知っていました。
一生は一生自身として涼太が好きだと自覚すると、ひたすら待ち続け、あの8月25日を迎えます。そして、涼太は一生の顔を見た途端、これまでの様々な出来事が一つに繋がり、一生が千鶴の生まれ変わりだと確信します。
涼太は直感。一生は確信犯。めでたく恋人同士になり幸せな毎日を送りますが、一生が大学受験のために涼太のアパートに入り浸るようになると、涼太の何気ないひと言が引っ掛かり始めます。
自分を見て千鶴と違うところ、同じところを言葉にされると涼太が本当に好きなのは自分ではなく、千鶴ではないのかと不安が不安を呼び、アパートを出てしまう一生。
そんな一生の気持ちを察した涼太はすぐに一生を追いかけ、「昔のおまえも今のおまえもちゃんと好きだよ」と告白し、物語はハッピーエンドへ。
一生は千鶴のことで不安になるたび、涼太の何気ない言葉に救われて、ずっと仲良く暮らしていくんだろうな、というのが目に浮かびます。
「俺にとってはおまえも千鶴も一続きの人間なんだ」と、千鶴と一生を分けて考えていない、涼太の度量の広さというか単純さというかが、カッコいい! イイ男になりそうです!