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チャーミングな日本のみかん 阿刀田高

  子どもが小学生だったころ、

 「四角いみかんがおいしいね」
 と言う。

 えっ、みかんは丸いだろ、と、常識が私の脳裏を走り抜けたが、よくよく観察をして、リアリズム……。

 なるほど、なるほど、おいしいみかんは、ほどよく弾力があって、これがみかん箱に整然と収められているうちに、なんとなく四角に変わって、四角いみかんになる。硬くて、すっぱいみかんは、こうはなりにくい。私も四角いみかんのファンになった。

 それにしても日本のみかんはすばらしい。世界に柑橘(かんきつ)類の果実は多種多様、山ほどあるけれど、私は日本のみかんがナンバー・ワン、これに勝るものはない、と信じている。グレープ・フルーツなんか初めて知ったときは、
「グレープはフルーツにきまってるだろ」

 なんて馬鹿げたことをほざいていたけれど、それはともかく、ほどよく食べるにはナイフや砂糖が必要だったりして楽しくない。

 ネーブル、オレンジ、マンゴスチン、どれもこたつで指先で皮をむいて、のどかに食するには向かないところがあるし、皮の始末もわずらわしい。みかんが……四角いみかんが断然よろしい。

 考えてみると、みかんに限らず日本の果物のなんとチャーミングなことか。さくらんぼは、チェリーなんか比較にならない。市場でも値段に大きな差があるのではないか。

 りんご。世界中のりんごを知るわけではないが、私は日本のりんごに満足している。

 ぶどうはワインにほどよい品種が、最高級のものが、きっとフランスあたりに育てられているのだろうが、ただ食べるのなら、巨峰のたぐい、あれ以上のものがあるとしても私は日本のもので充分だ。粒の小ぶりな甲州ぶどうを地元で“元ぶどう”と呼んでいるのを知って、
「なるほど、これが原点かな」

 あれはあれでかわいらしく、ほどがよい。梨、桃、いちじく、みんなすばらしいけれど、忘れちゃいけない。

 柿! まず色がいい。庭木に一つ、二つ残っていたりすると、姿が抜群、それだけで晩秋の気配、一幅の絵画になってしまう。もちろん味もユニーク、典雅な甘さがある。さらに渋柿は一つ一つ、へたのあたりに焼酎を垂らして、樽(たる)に入れて寝かしておくと、冬の日の家庭的味わい。もちろん干し柿は丁寧に作られたものは一つ一つ、

 ――こんな果物があるんだ――

 われら先祖の英知を感じてしまう。

 冒頭のみかんに戻って……私は猫もみかん同様、日本猫が一番ほどがよい、と信じている。=朝日新聞2019年8月31日掲載