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参院選前後の空気感 はぐらかし、どっちつかずの政治 ライター・武田砂鉄

投票日前日、安倍晋三首相が自民党候補の応援演説をした秋葉原駅前=7月20日夜、朝日新聞社ヘリから

 関連書籍を紹介しつつ、先日の参院選を振り返るような原稿を、と依頼されたのだが、「先日の参院選」とは一体何だったのか、と位置付けを模索するだけで原稿が終わりそうである。

 来週、内閣改造を行う安倍晋三首相は「参院選でいただいた国民の力強い支援・支持に応え、約束した政策を一つ一つ実行していく」(9月2日・政府与党連絡会議)と述べた。ハードルを低めに設定し、改選前から議席を減らしたにもかかわらず、「力強い支持」と言い切ることで半ば強引に勝利を演出した。

「論破」の構図

 安倍晋三、菅義偉、河野太郎など、政権の中枢にいる政治家9名の著作や対談本、インタビューを読み込みながら、その思想的特徴を分析した中島岳志『自民党 価値とリスクのマトリクス』は、記者やカメラの前で取り繕う言動ではなく、政治家の内心に備蓄されてきた思考をほじくり出す。政治家に成り立ての頃、安倍は「保守への思想的関心よりも、アンチ左翼という思いが先行していた」し、「相手の見解に耳を傾けながら丁寧に合意形成を進めるのではなく、自らの正しさに基づいて『論破』することに価値を見出(みいだ)して」きた。自分で考えた言葉ではなく、用意された原稿を読み上げるばかりの現在、その「論破」を、自分と距離の近い論客に委ねている構図が見える。

 著名なフリーアナウンサーと結婚した後、なぜか政治家として過剰に持ち上げられている小泉進次郎には、キャッチーなワンフレーズを述べるだけではなく、「自らの総合的ヴィジョンを整理し、本を書いてみる」のはどうか、と辛(から)い。政治家に根差している考えとは何か、いや、そもそも考えを有している人物なのかどうかから問いかける。

茶化して潰す

 今回の選挙も若い世代の投票率が伸び悩み、相変わらず「若者の政治離れ」との見解が並んだが、政治家が投票率の高い層を意識した政策を手厚くしているのだから、政治が若者から離れているのが実情ではないか。中西新太郎『若者は社会を変えられるか?』が問題視するのは、社会に充満する「何も知らないくせに、意見を言う資格などない」という態度であり、「基礎的な生育環境である消費文化世界をつらぬく非政治性」である。

 社会の様々な場面で「自分勝手な言い分を出すな、秩序に従え」という要求が繰り返される。若者は、社会から無能宣告されるのではないかと怯(おび)えながら、頑張って「いい人」であろうとする。そんな中でも、私はこう思う、と表明する若者たちが出てきている。非政治性を要求する社会は、彼らの存在を茶化(ちゃか)して潰すことを急ぐ。若者たちに意思表明を諦めさせるのだ。

 私たち有権者は、政治家の言葉を受け止め、思考し、賛否を表明し続けるしかないのだが、政治家に問いかけても、とにかく答えが返ってこない。木下健/オフェル・フェルドマン『政治家はなぜ質問に答えないか』は、政治家の答弁を「どっちつかず理論」に基づいて分析する。「どっちつかず」の定義とは、「婉曲(えんきょく)的なコミュニケーションであり、曖昧(あいまい)で間接的、矛盾やはぐらかしが含まれている」もの。これをひたすら繰り返すことで「政治家が答えない箇所にこそ政治的な問題が含まれている」状態が生まれてしまう。日本語は、ほのめかすのが得意な言語だが、その特性を活(い)かし、具体的な言及から回避する行為が重なっていく。

 参院選前の争点を思い出す。統計不正、老後2000万円問題、日米貿易、北朝鮮関係などの諸問題が「どっちつかず」のまま選挙をまたぎ、国民の「力強い支持」との宣言で忘れ去られる。はぐらかして消す作業を繰り返す政治を前に、繰り返し表面化させる作業が必要だろう。=朝日新聞2019年9月7日掲載