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#20 春夏秋冬の月を愛でる菓子「南天月」 西條奈加さん『まるまるの毬(いが)』

文:根津香菜子、絵:伊藤桃子
 「今年の正月菓子は、何かね」「はい、こちらの『南天月(なんてんづき)』にございます」 (中略) 「こいつはまた、可愛らしいな。名のとおり、お月さんみてぇにまん丸だ」(中略)「中にもうひとつ、月がはいっておりましてね」ひとつを半分に割って、中を見せる。客たちから、ふたたび声があがった。「本当だ、中には半月が入ってら」(『まるまるの毬』より)

 今年の中秋の名月(9月13日)は過ぎてしまいましたが、みなさん「お月見」はしましたか? 今回ご紹介する作品は「食いしんぼん」初の時代物。作中には、まるでお月さまのような「南天月」というお菓子が登場します。
 江戸は麹町にある「南星屋(なんぼしや)」は、和菓子職人の治兵衛と出戻り娘のお永、お永の一粒種で看板娘のお君の親子三代で切り盛りしているお店。武家の身分を捨て、職人となった治兵衛が、若い時に全国を巡った際に覚えた名菓の数々を再現し、お菓子作りを通してお互いを思いやり、家族の絆を感じる物語です。
 作中には、全国の銘菓の数々が出てきますが、実はお菓子が苦手だいう著者の西條奈加さんに、「南天月」創作話や、江戸庶民の食事情についてなどを伺いました。

実は甘いものは食べられない

——諸国のお菓子を出すお店を作品の舞台にした理由を教えてください。

 私は甘いものがあまり食べられないんですけど、作り方の動画やレシピを見るのは好きなんです。本作のきっかけになったのは、カステラに蜜を染みこませた「カスドース」という長崎銘菓です。実際に食べたことはないんですけど、TVで見て「なんて甘そうなんだろう」という強烈なインパクトがありました。そのお菓子を知って、本作の最初の話を思いついたんです。当初は短編一作のつもりでしたが、私のようなお菓子を食べない人が和菓子屋の話を書くのも面白いかということで、ここまで続いているという感じです。
 お菓子は「見て楽しい」ものが多くて、デパ地下を見て歩くのも楽しいし、同じ和菓子を題材にした『和菓子のアン』(「食いしんぼん」3回目に登場)も好きです。「和菓子は美味しい!」っていう愛情がバンバン伝わってくるので、書き手としては、ちょっとうらやましいんです(笑)。

——治兵衛が作る諸国のお菓子の中でも「南天月」は、クチナシで色付けした黄色い外皮で、白あんと小豆あん、二層のあんを包んだ、外から見ても中を割っても「お月さま」が見えるお饅頭です。作中ではお正月用のお菓子として登場し、白あんに混ざっていたのは柚子でしたね。他にも、晩春には桜、夏には杏、秋には柿と、季節によって白あんの中に混ぜるものを変えていますが、このアイディアはどこから生まれたのでしょうか?

 作中に出てくる他のお菓子は実際にあるものを基にしているのですが、「南天月」だけは私のオリジナルなんです。本作の時代設定は、江戸時代の中でも「弘化(1845~48)」という幕末に入る直前あたりなので、もう少ししたらペリーがやってくるという前の、のんびりした時代なんです。そこから新しいお菓子を、と考えた時、洋物にいくんじゃないかと調べてみたら、愛媛県松山市に「タルト」とカステラのような生地であんこをまいたお菓子があって、それをヒントにアレンジを加えて作ったのが「南天月」です。
 最近のお菓子屋さんって、春夏秋冬で売るものを変えていて、夏限定とか多いじゃないですか。白あんの中に入れるものを季節によって変えるアイディアはその影響です。今の時代だったら年がら年中何でもありますけど、恐らく当時は、干し柿などは限られた時期にしかなかったはずなんです。一年中ないからこそ、季節感を愛おしむようなところがあるので、白あんに入れるのは季節を思い出すようなものを選びました。

——西條さんは、今までお月見をしたことがありますか?

 実は私、お月見をしたことがないんです。地元は北海道の帯広なんですが、少なくともうちの近所ではお月見の習慣がなかった気がします。知識としてススキやお団子を飾るというのは知っていましたし、節分や七夕の習慣はあったんですけど、9月15日ごろだと北海道はもう寒いんですよ。その頃の地元ならではの食べ物だと、9月20日前後に各家庭でイクラを作るんです。生の筋子がその10日間くらいのすごく短い時期にスーパーで売っていて、それを自分の家でバラして、しょうゆとお酒に漬けるんです。どこの高級すし店で食べるよりも、そのイクラが一番おいしいんですよ! 限られた期間にしか味わえないので、9月というとイクラなんです。

—— 西條さんは時代物を多く書かれていらっしゃいますが、本作では庶民たちが気軽に食を楽しみ、また、作り手の治兵衛もお菓子作りを楽しんでいる様子が伝わってきます。江戸の庶民にとって、お菓子はどんなものだったと思われますか?

 砂糖は江戸の後期に入ってこないと庶民まで回ってこないので、「こんな美味しいものがあるんだ」という嬉しさやワクワク感が伝わればいいなと思って書いています。以前、子供が苦いものを嫌うのは「毒」に近いからであって、甘いものを好むのは毒じゃないからだという話を聞いたことがあるんです。甘いものが好きという感情や欲望って、人間として、生物として根本的なものだと思うんですよ。
 あとは、食べ物って「食べる楽しさ」と「食べさせる楽しさ」がありますよね。お母さんが子供に作ってあげるご飯もそうだと思うんですけど、食べて「美味しい」と喜んでもらえる単純な喜びが、作り手にはまず先にあるんだと思います。職人としてのこだわりや技も、突き詰めていくといくらでもあるんですけど、治兵衛の場合は自分が作ったものを食べた人の喜ぶ顔が見たいという思いがとても強い人なんです。

——今後、「南星屋」でこんなお菓子を出してみたいというものはありますか?

 今、新作和菓子ってたくさん出ていますよね。洋菓子の材料を使ったものが増えて魅力的なんですけど、逆にこの作品の時代にはないものなので、出せないのが残念です。でも、あれだけの少ない材料で、これだけ広い菓子文化がすでに江戸時代にあったと思うとすごいですよね。話のネタになるお菓子はまだ色々あるのですが、和三盆ともち米で作った富山県の銘菓「薄氷(うすごおり)」はいつか作品に出したいなと思っています。一度味見したら「こういうお菓子があったのか」と驚きました。あの形や食感は他のお菓子にはないですし、お饅頭や団子とは全く違う一品でインパクトがありました。「薄氷」という名前もセンスがあっていいですよね。その辺の店では買えない高価なものだと思うので、作中でどう出すか考えなきゃいけませんね。