桜庭一樹が読む
“金持ちの独身男性はみんな花嫁募集中にちがいない。これは世間一般に認められた真理である。”
というインパクトある書き出しで始まる本書は、一人の独身女性が紆余(うよ)曲折を経て玉の輿(こし)に乗るまでの物語。共感できる性質のヒロインが、ライバルや階級差という社会の壁と闘い、ついに恋の勝利を収める――。ハーレクイン小説や少女漫画の恋愛ストーリーの原型としても、あまりにも有名だ。
一方で、わたしからすると気後れするような超インテリの男性にも、ジェイナイト(著者の熱烈な読者)が随分たくさんいる。それについて長年、じつは「なぜだろう?」と思っていた。
オースティンは一七七五年イングランド南部生まれ。のどかな摂政時代(リージェンシー)的な田舎町を舞台に、若い女性を主人公にした、恋と結婚にまつわる物語を多く書いた。本書はその中でも、「完璧な小説」とまで評される堂々たる代表作だ。
エリザベスは五人姉妹の次女。明るい性格で、頭がよいぶんちょっと皮肉屋でもある。彼女はある日、若き大地主ダーシーと出会うが、彼の態度や行動は傲慢(ごうまん)でひどいものだった。エリザベスは憤り、社会的な立場や性別を気にせずに、彼に堂々と意見する。
物語は見事な人物配置と展開で紆余曲折する。やがてエリザベスはダーシーへの誤解に気づき、謝罪。さらに紆余曲折して二人は婚約に至るのだが、この物語が普遍性を得たのは、まずエリザベスとダーシーが“高慢(プライド)”、つまり自分の意思を持っていること。つぎに“偏見”を捨てて他者を理解し、変わろうとしたこと。この二点が、青春という眩(まぶ)しい季節の中で描かれるからだと、わたしは思う。
自分を持つことも、他者を受け入れることも、我々にはなかなか難しい。これは二人の若者が大人になるブレイクスルーの瞬間を見事に捉えた成長小説(ビルドゥングスロマン)であり、だからこそ世界中のジェイナイトは、いまこの時も熱狂をやめないのだ。=朝日新聞2019年9月21日掲載