生き物のものがたりを一つ読むたびに、本を置いて情景を想像してしまう。ゆったりした200ページあまりの本なのに、読み終えるまで時間がかかった。
例えばハサミムシ。母親は産んだ卵を守り続ける。隠れている石をひっくり返すと、ハサミを振り上げて人間を威嚇することもある。そして、卵を守りぬいた母親を、孵化したばかりの幼虫たちが「貪(むさぼ)り食う」。獲物を捕らえられない幼虫が飢えないために、自分の体を差し出す壮絶な子育て。「遠ざかる意識の中で、彼女は何を思うのだろう。どんな思いで命を終えようとしているのだろうか」
本書は、死に臨む生き物の29の話をつづっている。「死」を迎えても幼生に戻っていくことで不老不死といわれるベニクラゲが迎える不慮の死。実験室で死んでいくハツカネズミ、シロアリの女王の孤独な最期。ミツバチは、安全な巣での内勤の後、晩年になって危険な任務である花の蜜集めが課せられる。
本書が広く読まれるのは、科学的な解説にとどまらず、生き物のありようを自分のことのように感じさせる筆運びからだろう。死にざまの多くは、子孫を残すための生きざまでもある。
ふるさとへの苦難の旅を終えたサケ。卵を産んだ場所には、不思議とプランクトンが豊富に湧き上がるという。サケの死骸が分解されて餌になるそうだ。「親たちが子どもたちに最後に残した贈り物」。何とも無駄のない営みではないか。
我々はそうはいかない。遺骸を余さず自然に取り込んでもらいたくても、風葬や鳥葬など望むべくもない。骨つぼのまま埋葬されたら土にもかえらない。ふと、子どものころ縁側で爪を切っていた時のことを思い出した。庭に飛んだ爪をアリが懸命に運んでいった。食べたのだろうか。少し不気味であったが、いま感じるのは体の一部が生命の循環に加わった愉快さだ。
語られた死にざまから想像が膨らみ、自然の摂理に対する思念が深まっていく。
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草思社・1540円=5刷6万部。7月刊行。著者は静岡大教授(専門は雑草生態学)。8月以降、ラジオや雑誌で紹介され、ネットでも1話ずつ転載され、一気に火が付いたという。=朝日新聞2019年10月12日掲載