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観客の規律 津村記久子

 九月の終わりから十月の半ばにかけて、ラグビーのワールドカップの予選の試合に三回行った。試合の行き帰りの交通機関の中で興味深く思っていたのは、これからラグビーを観(み)に行く/観てきた、と一目でわかるような扮装をしたり法被を着た外国人のサポーターたちが、混んでいる上にかなり長時間という電車やバスの中でも粛々と立って吊革(つりかわ)を持って日本の交通機関に順応していたことだった。帰りの電車で目の前の空いた席を勧めてくれた人までいた。

 公式マスコット親子の「レンジー」が紹介してくれる動画によると、ラグビーには「品位」「情熱」「結束」「規律」「尊重」という五つの価値があるそうだ。多様な国からやってきたあれだけの人数の人々が一箇所(いっかしょ)に集められて、一つの試合を観に行くということを成功させるには、まさに規律がいるよなあ、としみじみ思う。そして通勤に関する本の中で「なぜ人は満員電車に耐えられるのか」についての話題で言及されていた「集団的強靱(きょうじん)性」という言葉に思い至った。「人間は共通の危機に直面したとき、自分のことしか考えない暴徒と化すのではなく、一致団結する傾向がある」そうだ。それに加えて、ごくシンプルな良心のようなものの存在も強く感じた。あくまでわたしの知る範囲でだけれども、あれだけの国籍の違う大集団が電車・バス・徒歩で移動する中でも、特にトラブルのようなものは見受けられなかった。大声で歌っている人はいても、キレる人は見かけなかった。

 日本とスコットランドが試合をしている時、わたしは別の会場の帰りのバスを待つ行列に並んで、前に並んでいた夫婦と思われる人たちと自分の携帯で日本対スコットランドの試合を観ていた。日本の3トライ目で、行列のそこかしこで、日本人も外国人も入り交じった歓声が上がる中、二つ前に並んでいた婦人が「奇跡のようだわ」とうれしそうに振り返った。名前も知らない人だけど、その笑顔はずっと忘れないと思う。=朝日新聞2019年10月23日掲載

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