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吉岡乾さん「現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。」インタビュー 研究は翻弄されっぱなし

国立民族学博物館准教授・吉岡乾さん

 フィールドワークに出掛けるときは、「いつも行く前から日本に帰りたいと思ってる」。そんな身も蓋(ふた)もない真正直が脱力的な笑いを誘うエッセー集だ。

 調査対象はインド・パキスタン国境の山奥で話される七つの少数言語。専門とするブルシャスキー語は研究者が世界で5人いるかいないかのマイナー言語だ。

 研究する言語のうち六つは文字を持たない。現地に赴き、母語話者から単語や文例などを収集するところから研究は始まる。協力者たちからは、知ったかぶりでいい加減な答えが返ってきたり、約束をすっぽかされたり。翻弄(ほんろう)されっぱなしな研究の様子をコミカルにつづる。

 「嫌々」とは言いながらも、目当ての言葉が話されていると聞きつければ、紛争地帯にも赴く。領土争いが続くカシミール地方では、目の前で催涙弾が破裂したことも。過酷な旅から帰ると、5キロも痩せている。

 文字が大好きで、漢字辞典を片端から暗記する子どもだった。東京外語大学でパキスタンの国語ウルドゥー語を学び、気がつけば言語学者の道を進んでいた。

 消えゆく言語もある。秘境フンザ谷などで話されるドマーキ語には諺(ことわざ)がすでに失われている。後世に知恵を受け継ぐ含蓄がないことは、生物で例えれば「臓器が一つ不全になった程度に深刻」。ただ当の話者たちはからりとしている。「カーストの低い人々の言葉という劣等感もあり、話したがらないこともある」。保存を強要するのは言語学者の領分ではないと一線を引く。

 急速に近代化する現地の経年変化も見てきた。村には携帯電話や観光客を通じて物質文化がもたらされ、人々の気質も変わっていく。排ガスで星も見えなくなった。失われないで欲しい、と願うのは言語ばかりではない。 (創元社・1980円)=朝日新聞2019年11月2日掲載