北海道函館市の住宅地にある「レストラン・バスク」。南欧風の店の天井からは自家製の生ハムが何本もぶら下がる。小イカの墨煮など近海の幸を使ったスペイン・バスク地方の料理が看板メニュー。本書はそのオーナーシェフの自分史である。
話はサンセバスチャンでの料理修業や開業の苦労にとどまらない。著者が2004年に函館で始め、全国600カ所に広まった「バル街」と呼ばれるイベントが、どうやって生まれたのかが、多くの人との出会いを通して紹介される。バルはスペインのカフェ兼バーのこと。イベントでは、チケットを買った客が案内マップを見ながら参加店をハシゴする。「1杯1皿からでもOKで、好きなだけ回れるハシゴ酒文化の魅力を函館の人にも味わってもらいたかった」と始めた動機を語る。また、「料理人も街に貢献しよう」とも。サンセバスチャンを世界中から人が集まる美食の街にした恩師の姿にも感化されたという。
函館の生まれだが経歴は一風変わっている。東京理科大学で機械工学を学んだが、すぐには就職しなかった。ベトナム戦争や公害が問題化した時代、兵器開発や環境汚染に関わる仕事には就きたくないと悩んだあげく「料理人」に思い至る。上京した両親に詰め寄られ、とっさに答えたと本書で回想している。「若い料理人、街おこしに関わる人、同年代の人に読んでもらいたい。『どっこいおいらは生きている』。70過ぎても生きがいはあるよと伝えたい」
函館では今も「バル街」が年2回開催されている。継続には著者の人柄に負うところも大きいと感じた。残念ながらそれは本には書かれていないので、確かめたい方はお店へどうぞ。著者が生ハムを客の前で切りながら、気さくに本の行間を埋めてくれるはずだ。=朝日新聞2019年11月9日掲載