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岡本雄司さんの絵本「でんしゃにのったよ」 子どもの時の一大イベントをストレートに表現

文:根津香菜子、写真:北原千恵美

――「幼いころから電車に乗ってどこかに出かけることが好きだったんです」と話すのは、尚美学園大学の芸術情報学部で教鞭をとりながら絵本の制作も行っている岡本雄司さん。デビュー作『でんしゃにのったよ』(福音館書店、2013年)は、主人公の「ぼく」がお母さんと一緒に東京に住むいとこの家まで、ローカル線から新幹線に乗り継ぐ様子を描いた物語だ。最初に乗った電車の車窓からは、公園で遊ぶ子どもたちの姿や飲食店などが並ぶ日常の風景が、次に乗り換えた電車では貨物列車とすれ違うなど、乗る電車によって見える景色が段々と変わっていく。

 学生時代は時間があったので、友達とドライブしたり、電車で一人旅をしたりしていました。車も好きなんですけど、幹線道路を走るので、窓から見える景色がどうしても似ているんですよね。その点、電車の方がお店や住宅、町並みの景色から地域性が見えるし、人の気配がするものに惹かれるんです。知らない場所に行って、新鮮な目で色々な風景を見ることがすごく楽しかったので、昔から好きだった電車の旅をテーマにした絵本を作りたいと思いました。

――電車や建物などのアウトラインは木版画で制作し、色紙や彩色した紙などを組み合わせて切り貼りしている。また、電車の色や汚れ、経年劣化したトタン屋根の色合いなどにもこだわりがある。

 木版画を始めた頃はモノクロ一色だったんですが、その表現方法にも段々と疑問を感じるようになったんです。電車が持つ色や線路間の地面の感じとか、それぞれの質感の違いをちゃんと描きたいと思い、色付きの紙に刷ったものを貼ってみたらどうか?とお試しのような感じで始めました。

「でんしゃにのったよ」(福音館書店)より
「でんしゃにのったよ」(福音館書店)より

 本作で「ぼく」が最初に乗った電車は、静岡県を走っている大井川鐵道がモデルなんですが、古い列車なので当然汚れやさびているところがあります。自分が電車を描いていて、そういった汚れがないと落ち着かないし、生活の匂いがする方が好きなんです。普通、汚れや色をつける時は上から色を重ねることが多いんですが、そうすると絵の具がモタモタとのって、どんどん重くなってしまうんですよ。そういう「苦労の跡」が見える感じが嫌なので、紙にローラーで色をつけたものを、色や汚れをつけたいところに刷って貼っています。

原画に近づいて見てみると、印刷では見えてこない凹凸がある
原画に近づいて見てみると、印刷では見えてこない凹凸がある

――「ガタタン ガタタン」や「ゴゴー ダダッ ダダッ」といった電車が走る音は、岡本さんが子どものころ、電車に乗った時に感じた音なのだそう。 

 本作が初めての絵本だったので、まずは絵を完成させてから言葉や文章を考えたんです。内容に関しては編集の人と話し合って決めた部分が多いですが「確かこんな音に聞こえたな」という、幼いころの記憶をたどって考えました。あとは、大阪に住んでいたいとこが駅で待っていてくれたことや、小学生の時、大井川鐵道に乗せてもらって楽しかったという思い出を組み合わせて「電車を乗り換えて終点まで行く」という、子どもの時の一大イベントをテーマにしたかったんです。

「でんしゃにのったよ」(福音館書店)より
「でんしゃにのったよ」(福音館書店)より

 新幹線に乗っているシーンの「けしきが どんどん うしろに はしっていくよ」という「ぼく」のセリフも、今の新幹線はスピードが速すぎてゆっくり景色を見ることはできないですが、僕が子どものころに新幹線に乗った時は、そんな風に感じたんです。走るスピードや駅弁を買って食べる楽しさ、車内販売も含めて、新幹線は特別な列車でしたね。

――本作でも、新幹線に乗る時の「ぼく」は「やったー! しんかんせんだね」「すごい すごい、かっこいい!」と興奮しているが、その感情はセリフで表し、表情では見せていない。

 自分が子どもの時って、すごく嬉しくてもそんなに口には出していなかったと思うんですよ。喜びや興奮はひっそりと噛みしめて「これから電車に乗るぞー!」というワクワクする気持ちを内に秘めていたので「ぼく」の心の中も文字だけにしたんです。

――木版の技術を生かし、電車や車を題材にした絵本を手掛ける岡本さんだが、自身の求める表現法や、描く題材を模索する期間が長かったと言う。

 東京藝術大学に入ったころは、アクリル絵の具や日本画の顔料で描いていましたが、自分の中ではそれがずっとしっくりこなかったんです。院生の時「博士展」という個展のようなものがあったのですが、その頃は自然物から形態を学ぶというテーマを持っていたので、主に動物を描いていたんです。だけど、僕が猫や鳥のようなやわらかい生き物を描くと、なんだかカクカクしていたんですよ。丸みのある猫を硬く描いてしまって、自分が求めるものと描くものがぶつかってしまったんです。

――それまで「学ぶべきもの」として描いてきた動物だったが、「果たして本当に自分が描きたいものなのだろうか?」という疑問を抱えながらも、日々作品を描き続けていた。そんな岡本さんが「お楽しみ」にしていたのが、駅の出口から見える景色や、電車に乗って向かった旅先で見た風景を好きなように描くスケッチ旅行だった。絵を描くことに苦しくなってきた時、ふと「自分が楽しいと思って描いているスケッチを主にすれば苦しむことはないのでは?」と思ったそう。

 その時気づいたのは、自分が何に反応して、何を絵にしたいと思うのかということでした。電車に乗って知らない場所に行き、いいなと思った景色を描くこと。それは作品を作るうえで当たり前なんですけど、すごく重要なことでした。それまでは「画材は何を使おうか」とか「次はどんな動物にしようか」ということで悩んでいたけど、単純に自分が興味を持ったものを描くということが一番なんだと、ようやく分かったんです。

――描く対象を変えると同時に木版画に転向し、独学でその技術を習得した。すると、今まで苦労していたことがみるみる解決したと言う。

 どうして木版画をやろうと思ったのかは自分でも分からないんです。それまでは、たまに年賀状で使うくらいだったので、版画に方向転換したのは「降りてきた」って言うくらい突然のことでした(笑)。元々絵の具を積み重ねて密度を高めるよりも、単純化していく描き方が好きだったんです。版画は、彫って、削って、余分なものを省略していくやり方であることや、線の形や質感に少し硬さが出るところなどが、自分の求める表現にすごく合っていました。

――電車に乗って、どこか知らないところに行きたいという気持ちは大人になっても変わらないと話す岡本さん。

 本作が1作目なので、「電車に乗って楽しかった」という自分自身の気持ちが一番ストレートに表れたと思っています。それまではずっと模索しながら描いてきて、その時その時でそれなりに満足する作品にはなっていたけど、やっぱり充実感は足りていなかったんです。本作は、色や汚れなどを使う喜びも含めて、自分はこういうことを表現したかった、こういうことが描きたかったというのが、初めてはっきりと出た作品になりました。

 描きたい電車はまだまだあります。地域に根差したローカル線もいいし、いつか寝台列車を描いてみたいんですよ。両親の田舎が四国だったので、小学生の夏休みに寝台列車で行っていたんですが、それはもう一大イベントでした。夜寝る時は都会を走って、朝起きると田んぼの中を走っている。あの感動をいつか描けたらと思っています。