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理解や解説を拒むとは? 作家・円城塔さんオススメの3冊

  • カーク・ウォレス・ジョンソン『大英自然史博物館珍鳥標本盗難事件 なぜ美しい羽は狙われたのか』(矢野真千子訳、化学同人)
  • リチャード・パワーズ『オーバーストーリー』(木原善彦訳、新潮社)
  • ニック・ドルナソ『サブリナ』(藤井光訳、早川書房)

 ものごとには、原因があって結果がある。結果はまた原因となり、その連鎖は果てしない。お話がめでたしめでたしで終わったとしても、人の生はそこからも続く。

 『大英自然史博物館珍鳥標本盗難事件』は、2009年に起こった鳥標本の盗難事件を著者自らが追うノンフィクション。

 仕事の疲れを釣りで慰めていた著者はあるとき、奇妙な盗難事件を耳にする。捜査には不慣れな著者が追いかける糸の先に現れるのは19世紀における博物学の隆盛や、人間の活動の急速な拡大による種の絶滅といった話題である。

 そんな事件のあらましをつかむだけでも、著者は実に5年の月日を費やすことになるのだが、そこで明らかになるものは、単純な窃盗事件の解決であると同時に、人々が代々培ってきた価値観や欲望のせめぎあいの姿でもあった。

 『オーバーストーリー』にはまず、それぞれに関連のない8組の家族が登場する。共通項といえるのは、どの家族の生活にも木がかかわってくることなのだが、およそ地上に暮らす以上は誰しも木との関係くらいはあるものだろう。

 一見結びつくことのない人々の暮らしはやがて、樹木の保護運動へとつながり、枝葉をからめていくこととなる。そこにあるのはあくまでも個々人の暮らしであって、このお話の全貌(ぜんぼう)を把握している登場人物はいない。一個の人間の時間スケールを超えたところで何か大きなものが形成されていく様子はまるで巨木の成長にも似て、人間にはとらえきれない因果の連鎖に触れることができたような感覚をもたらす。木を見る目が変わること間違いなしの一冊。

 『サブリナ』で起こる悲劇は、理解や解説を拒む種類のもので、人々はそこに立ち尽くすことになるのだが、それでもやはり生活はどうしようもなく続く。

 とらえ切れない膨大な因果関係がある一方で、そもそも因果関係のないところに関係が見いだされてしまうこともまた起こり、そこからも結果は生じ続ける。人々はわかりやすいお話を求め、理解できる筋道こそが真実だと思い込み、あるいは理解を拒絶する。

 淡々として、過剰な演出を廃した本書の紙面は、そうした一切の反応を一旦(いったん)停止させるのだが、お話を求める読者の心をせきとめることはやはりできない。

 お話は束(つか)の間、人の心をなぐさめる。でもそれだけではもう、なぐさめきれない心もまたこの世の中には存在している。=朝日新聞2019年11月10日掲載