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アメリカの寿司 楡周平

 アメリカで最初に暮らしたのは、四十年前のことである。今でこそ世界中の人々に愛されるようになった寿司(すし)だが、当時はニューヨークでさえ「生の魚を食べるなんて」とゲテモノ扱い。海苔(のり)巻きに至っては、「紙を食べてるみたい」と微妙な反応を示すし、よほどの日本通でもなければ、自ら進んで口にすることはなかったように思う。

 それが今やどうだ。カリフォルニアロールのテイク・アウト・ランチはマンハッタンの至る所で目にするし、地方へ行っても、そこそこの街なら、寿司屋の一軒や二軒は必ずあるだろう。

 かつて勤務していた米国企業の本社は、ニューヨーク州第三の都市・ロチェスターにあった。ここにも寿司を出す日本料理店があって、長期の出張ともなると日本食恋しさに、頻繁に利用したものだった。

 カウンターに座り、刺身(さしみ)を肴(さかな)にビールで喉(のど)を潤す。ロチェスターはオンタリオ湖畔にある内陸の街だが、魚の鮮度は申し分ない。ある時、見事な鰺(あじ)が出てきて産地を訊(たず)ねたところ、「今日のは、ポルトガル産です」と返ってきたのには驚いた。今では日本からも鮮魚がアメリカに送られていると聞くが、当時からすでに、鮮魚の調達先はグローバル化していたのだ。

 そういえば、冬のある夜、入店早々、「今日は魚が入ってないんです」と言われたことがあった。聞けば、ニューヨークの空港が吹雪で閉鎖され、飛行機が飛ばないのだという。つまり、滞在地の天候が良好でも、ハブ空港が閉鎖されると、その夜は刺身も寿司にも欠品が生じてしまうのだ。

 アメリカの寿司といえば、彼(か)の地ならではのツマミを食すのも、楽しみの一つであった。中でも「キヌタ・ロール」なる一品は、ビールのお供には最高だった。

 桂剥(かつらむ)きにして甘酢に漬け置いた胡瓜(きゅうり)の上に海苔を敷き、アボカド、穴子、飛子を載せ、巻き簀(す)で巻いた後、海苔巻き状にカットして、上からツメを垂らすのである。

 まさにアメリカならではのこの一品が大好きで、我が家が四代に亘(わた)って馴染(なじ)みにしてきた深川の寿司屋に頼み込み、再現して貰(もら)ったほどだった。もっとも、日本の胡瓜はアメリカの物とは違って、身が太くないし硬いので、大根を使ったのだが、これが常連客には大好評で、店の定番になったほどだ。

 その店も数年前に閉店。以来キヌタ・ロールを口にする機会はなかったのだが、思い出したら無性に食べたくなってきた。近々、自分で作ってみるか。しかし、ツメをどうやって調達したらいいのだろう。これを読んだどこぞのお寿司屋さんが、定番メニューに加えてくれないものか。日本人にもウケること間違いなし……と思うのだが。=朝日新聞2019年11月23日掲載