この世界には十二の国が存在し、その王は天の意思を受け神獣・麒麟(きりん)(普段は人の姿をとる)が選ぶ。善政を敷くかぎり王は不老不死のまま君臨し続けるが、道を誤れば倒れ、新たな王が即位するまで国は荒廃する……。小野不由美『十二国記』シリーズ(既刊15巻・新潮文庫)は中国の天命、易姓革命を思わせる仕組みが現実に存在する不思議な世界の物語だ。
様々な国と人々を描く本作だが現代日本に生まれた戴(たい)国の麒麟・泰麒(たいき)の物語は、その軸のひとつ。シリーズ第1作に先駆けて発表され、のちにEpisode―0と位置づけられたモダンホラー『魔性の子』、第2作『風の海 迷宮の岸』、第8作『黄昏(たそがれ)の岸 暁の天(そら)』にわたり描かれてきたが、一連の物語がいよいよ佳境を迎えたところで続刊が途絶えていた。10月、11月と連続刊行された『白銀の墟(おか) 玄(くろ)の月』は、シリーズ6年ぶりの長編、そして泰麒の物語の続刊としては18年ぶりの新刊だ。
将軍・阿選(あせん)の謀反により、王と麒麟がともに姿を消した戴国。6年後、数奇な運命を経て片腕の女将軍・李斎(りさい)と戴に帰還した泰麒が戴王・驍宗(ぎょうそう)の行方を追う。全4巻とシリーズ最長の作品だけあり、内容も実に濃い。王を捜して旅を続ける李斎のもと志を同じくする仲間が集う冒険、戦記小説であると同時に、簒奪(さんだつ)者・阿選のもとに乗り込んだ泰麒が、権謀術数渦巻く政治の舞台で戦う宮廷ドラマでもある。十二国の不思議なルールに翻弄(ほんろう)されるばかりだった幼い少年が、逆にそれを利用するしたたかさを見せるまで成長した姿は感慨深い。くわえて、生きているはずなのに姿を見せない王の居場所を巡る推理小説の面白さまである。
前半2冊、特に王を求めて空振りを繰り返し、そのたび荒廃した国と民の姿をつきつけられる李斎の旅の模様は心が痛くなるが、そこでためにためたぶん、後半は怒濤(どとう)のクライマックスが押し寄せてくる。息もつかせぬまま、泰麒の物語を見事に完結させてくれた。
18年待ったかいのある新刊だが同時に、この物語を一気に読める新たな読者をうらやましく思う。日本ファンタジーの代表作を読み始めるなら、今が絶好の機会だ。
なお、来年の2020年にも新作短編集の刊行が予定されているとのことなので、こちらも楽しみに待ちたい。=朝日新聞2019年11月16日掲載
「好書好日」掲載記事から