『営繕かるかや怪異譚 その弐』(KADOKAWA)は、「十二国記」などで絶大な人気を誇る小野不由美が約5年ぶりに上梓した単行本。懐かしい街並みの残る城下町を舞台に、住居にまつわるさまざまな怪異現象を描いた「営繕かるかや怪異譚」シリーズ待望の第2弾である。
収録作は全部で6編。冒頭の「芙蓉忌」の主人公は、研究者としての道を諦め、10年ぶりに故郷に戻ってきた貴樹という男性だ。両親と弟はすでに死亡し、周囲に頼れる人もいない。古びた実家で孤独な毎日を送る彼の耳に、ある日、三味線の音が流れてくる。一体誰が弾いているのか。料亭である隣家との壁に隙間が空いていることに気づいた貴樹は、そっと向こうを覗いてみる。そこには日本髪を結った着物姿の女性が、こちらに背を向けて座っていた――。
陰気さを漂わせる芸妓(当然この世のものではない)に、じわじわと貴樹が取り込まれてゆく「芙蓉忌」では、かつて花街だった一角に建つ町家という舞台設定が、絶妙な効果をあげている。その他にも、死んだ猫らしきものが夜ごと家に上がってくる「まつとし聞かば」、長屋を自分勝手にリフォームした女性が不快な声に悩まされる「魂やどりて」、座り込んだ人影が洗面所の鏡に写る「水の声」、少年が天井裏の暗がりに揺れる人影を目撃する「まさくに」と、いずれも日本家屋ならではの湿度や薄暗さを生かした逸品ぞろい。2話目の「関守」だけは、神社へと続く細道が舞台だが、そこでもある建物が重要な役割を果たしていた。
タイトルにある「営繕」とは、建築物を新築・増築したり、改築・修繕したりすること。このシリーズでは怪異に悩まされている人の前に尾端という若い営繕屋が現れ、建物を直すことで事態を解決に導いてゆく。心霊現象のエキスパートが霊と対決し、怪異の原因を突き止めるというパターンの作品は、これまで国内外で数多く書かれている。本シリーズもそうした流れ(一般に「オカルト探偵もの」「ゴーストハントもの」などと呼ばれる)を汲んでいるが、尾端が霊能者でも科学者でもなく、腕のいい職人というのが面白い。
尾端は古い家をとても大切に扱う。と同時に、現在の住人に不都合が出ないようにも気を配る。そんな彼の修繕は、結果として過去と現在、死者と生者を調和させることにつながってゆく。本格的な怪談小説でありながら、本シリーズにどこか優しさや懐かしさが感じられるのは、死者を鎮めても排除はしない、尾端のキャラクターによるところが大きいのだろう。
しかしそうは言っても、『屍鬼』『残穢』で読者を震えあがらせた小野不由美のこと、本作の怖さも相当なものだ。淡々とした導入部から、いくつかの違和感が積み重なってゆく中盤を経て、ここぞというタイミングで訪れる恐怖のクライマックス。その間合いがどれも惚れ惚れするほど素晴らしい。「芙蓉忌」に登場する台詞「あれは、あなたの命を取る」の凄みといったら。読者を怖がらせる技術を、ここまで自家薬籠中のものとした作家もそういないだろう。
シリーズとしては本書が2巻目だが、ここから読んでもまったく問題なし。エンターテインメントとして間口の広い作品なので、怖い話が得意でない人でも楽しめるはずだ。蒸し暑い真夏の夜、現代最高峰の怪談小説でぜひ涼を得ていただきたい。
※8月5日、記事更新しました。