1. HOME
  2. インタビュー
  3. 「カドブン ノベル」新連載!『それって全部お金デスヨ‼』 漫画家・井上純一さんインタビュー 若い世代に向け、お金のナゾを解き明かす
Sponsored by KADOKAWA

「カドブン ノベル」新連載!『それって全部お金デスヨ‼』 漫画家・井上純一さんインタビュー 若い世代に向け、お金のナゾを解き明かす

文:加賀直樹 写真:有村蓮

追い詰められてはいるけれど、実は日本は終わりではない

――「保育士の給与が安い。そして、保育士は足りない。働く人が足りないのなら、本来なら給料が上がっていくはず」。そんな「月サン」の素朴な疑問から、新連載の第1回が始まりますね。

 これまで『キミのお金はどこに消えるのか』シリーズを2冊出したのですが、それらは特に消費増税について焦点をあてていました。連載していた雑誌(「文芸カドカワ」)が「カドブン ノベル」にリニューアルしたので、タイトルと扱うテーマの切り口を変えました。

――保育士の給料が安い理由について、偏見と誤解に満ちた現状が語られ、解決策のポイントが打ち出されます。ちょっと希望が見えてくる展開になっていますね。前作『キミのお金は~』は1話読み切りでした。こちらは「消費税10%時代を生きのびろ!」「治そう!緊縮財政病」など、経済の基本が分かる組み立て方になっていました。こうした体裁は今後も変わらず、でしょうか。

 そうですね。毎回、中国人の奥さん「月サン」の素朴な疑問から始まります。今、決めていることが1つあるんです。それは、「なるべく希望について描いていこう」ということ。「何々に反対!」ではなく、「こうしたほうが良い」「こうすれば日本は変わる」といったように、具体的に、物事を今後良くしていく方向での言動にしよう、と思っています。「ここが間違っている!」という指摘は、まだ余裕がある時にやること。僕は日本の経済の現状をかなり悲観していて、しかも今後厳しくなるばかりだと思っているので、「もう日本は駄目だ」と言ってしまうと、本当にそのままになってしまう。それよりは「ここを変えると希望があるぞ」「まだ取り返せる」との言動にしたほうが良い。人間を救える、と思っているのを描くことにしたんです。

――ネガティブ発信の段階よりも、もう少し深刻な次元に突入している、という理解ですか。

 僕はそう(現状を)読んでいるんです。また、今回からは、決め台詞……、途中で「希望の光が見えてきた」という台詞を入れます。そこだけは決めているんです。どんな分野に切り込んでいくかは「月サン」次第。僕はあんまり……。次(のテーマ)ぐらいまでは決まっていますけど、その次はまだ決めていません(笑)。

 皆、追い詰められてはいるけれど、実は日本は終わりではない。本当に追い詰められている時は、「ダメだ」と言うと、極端な道を選ぶのが人間。ヘンな人に投票したりしてしまう。歴史上、いくらでも例があるじゃないですか。極端なことを言う人が力を持つ。純粋に将来を懸念しているんです。そういう意味では、前作とは形態の異なるものにしていくつもり。毎回どうしても「日本政府がお金を出さないのが悪い」という結末になりがちなんですけど。

日本と中国のカルチャーギャップが露わに

――前作は大きな反響を呼んでいますね。読者の声を目にする機会は。

 「若い人に読ませたい」とか、「若い頃に読んでおけば良かった」という人が多かったですね。お金というものが何なのか、知らない人が意外と多かった。僕もそうでしたけどね。初めて勉強したことも多い。それに、いまだによく分かっていない部分もありますが。

――1970年、宮崎のご出身で、肩書きはじつに多彩な井上さん。テーブルトーク・ロールプレイングゲームを作り、商業イラストも描いていらっしゃる。漫画は2010年から執筆。ブログ「中国嫁日記」の4コマ漫画は、奥さまの母国とのカルチャーギャップを題材に人気を博しています。それから「銀十字社」という会社を経営されているのですか。

 小さい会社でフィギュアを出していたんですが、何せ、中国の人たちの給料が爆上がりしてしまったので、昔みたいに小規模な会社はやっていけなくなりました。初期投資が随分大きく必要で、リターンが運用次第になってしまったので、厳しい業界になってしまったんです。だから、漫画以外の活動は中断しているも同然です。

――過去に登壇されたイベントでは、その時にお金のことでいろいろ大変な経験をして、経済に興味を持つようになったきっかけになった、とお話しされていますよね。

 中国(の経済)がうまくいっているのに、日本がうまくいかないのは何でだろう、って。中国がどんどん前へ進めて、なぜ日本が進めないのか。純粋に疑問だった。あとは、「月サン」の発言が面白かったんです。お金について何も知らない。「自分のお金が減っているのは誰かが取っているのだ」という発言には、目から鱗が落ちました。そんなふうに考えたこともなかったんです。為替というのは数値上の問題で、その価値においては消えたり生じたりしていると認識しますが、知識がないと「減ったらどこかに流れる」と想像するんですよ。

漫画にしてみてこそ伝わること

――たしかに私自身も、正直、よく仕組みが分かっていない。自信がない……。

 それまで経済漫画について描こうと思っていても、どう描けば良いか、分からなかった。ところがその時、すべて分かったんです。「『月サン』の質問に答えれば良いのだ」と。

 そもそも漫画って、常識的な、数字みたいな段階的思考が進むものを追っていくには適さないジャンルなんです。あさりよしとお、という漫画家を除いて、成功している人は殆どいません。絵というのは見た目で、一瞬で分かるんですけど、一瞬の後に忘却してしまうんですね。その瞬間に分かった気がするんですけど、次の瞬間に。

――過去のものになる。

 そうそう。文章だと、概念なんで意外と残るんですよ。でも、絵は揮発性なので、意外と残らないんですね。ただ、その時の気分、空気を伝えるには万全の分野。その瞬間に作者が考えている、ぼんやりとした感情を伝えるメディアなんですよ。いわゆる経済的なお話は、水と油(笑)。成功している人はほぼいない。僕も実はあんまり成功していない(笑)。第1巻の最後で「月サン」が「この連載でたくさん驚きマシタヨ」と言う。でも、「なに驚いたか全部忘れた」と言い添えるんですよ。

――ありますね。思わず声を上げて笑ってしまい、その直後、痛いほど膝を打ちました。「たしかに!」って(笑)

 あれは、多くの読者がそう思うと思います。(経済ネタを漫画で描くことが)向いていないことを認識しながら描かざるを得ない。どうやって切り口を設定すれば良いかが、見えなかった。「月サン」は何も知らないので、説明するように描けば、もしかしたら伝わるんじゃないか。ただ経済漫画を描くよりは、伝わっているのではないかと思います。

――その「月サン」との掛け合い、まるで漫才みたいに軽妙ですね。

 まったくあんな感じなんです。現実と異なるのは、突然いろんな現場に行ったり、ワープしたり、図表が出てきたりする。会話はこのままです。

――時空を軽々と移動できるのも、漫画の美点かも知れません。

 そうですね。漫画は状況をいくら変えても、立っている人が同じなら成立する。ドキュメンタリーだと、米国の番組でありますけど、結構難しいですよね、表現としては。「この人、いつの間に移動したのだろう」って、つい思っちゃう。「金かかっているよなあ」って(笑)。実写で見ると余計な思考が挟まれるけれど、漫画だと「へえ」と受け入れられる。

 漫画って1枚の絵の説得力で見せるので、突拍子もない、どんどん状況が変わることをすんなり受け取らせる力がありますね。ただ、揮発性なので、連続した思考を伝えるには非常に向かない。「消費増税反対botちゃん」という方が描いている、『マンガでわかるこんなに危ない! ? 消費増税』(ビジネス社)という漫画は、少年漫画に落とし込んでいて、勝負、つまり相手と闘うことによって解決している。あれは凄い発想だった。「こうすればよかったんだ!」と思いました。もう遅いですけど(笑)。

――ただ、描こうとしていることは、その切り口ではないのですね。

 僕がやろうとしたのは、もっとぼんやりと全体の状況を伝えようとしたんです。「お金ってこういう特性があるよ」って。例えば、国の借金は借金じゃないよ……借金ですけど、誰に対しての借金か、というと日本人の財産となる借金で、国民の持つお金の正体なんだよ、ということを、ぼんやりとした知識で伝える。理論的にやると長くなっちゃう。

 漫画というのは非常に端的に物事に切り込める。経済書や論文は、前提条件が長いんですよ。「〇〇の条件と××の条件が重なって、▽▽の条件の際に」って書いた上で「こういう現象が起こります」。漫画はこれをすっ飛ばせる。注釈の台詞でちょろっと文章を読ませる。経済書を書く人は学者だから、そこをしっかり書くんです。すると、読んでいる人は途中で眠くなる。

――興味を失ってしまう。

 そこをすっ飛ばせる。「月サン」の直感的な疑問ですっ飛ばせるので良かったですね。

お金からみえる、不思議な国ニッポン

――「月サン」は日々、質問の嵐で渦巻いていらっしゃるのですか。

 日本がかなり不思議に見えるらしいですよ。これから取り扱うと思いますけど、「月サン」は土地の値段が下がることが信じられない。「なぜ下がるのか。上がっていって当然だ」と。土地の値段って普通はどんどん上がっていくもの。なぜ下がるのかを解明すると、日本のどこがおかしいのかが分かる。銀行が「お金がない、お金がない」って言うのなら、なんで金利を上げないのか。銀行が金利を上げなきゃ、みんなお金を預けない。だから、儲からないのは当たり前。だから銀行がどんどん潰れちゃうでしょ、って。金利を上げればいいじゃないですか。「それはそうだ!」って思いますよね。でも実は別のカラクリがちゃんとあるんですけど。これが「月サン」による、日本の「どうしてそうなっているか分からない」シリーズです。

――一回り年下でいらっしゃるんですよね。

 そうですね、13歳年下。

――お子さまが2016年に誕生されたそうですね。お子さまが生まれてから、保育所のことを考え、疑問に思われるようになったのでしょうか。

 預けるの大変でしたからね。あれも不思議ですよね。つまり、需要があるのだから、どんどん保育所が建っても良さそうなものだ、と。なぜ建たないのか。それを今回、少し説明しているんです。「月サン」にとっては日本は不思議の国。逆に僕たちにとってみれば、中国は不思議の国。そこの違いも今後出てくると思いますよ。

 中国は経済が成長しているので、お金の状態で持っていると損なんです。常にモノに換える。「月サン」のお姉さん、今は土地の売買をしているんですけど、すごいお金持ちなんですよ。彼女は買ったものをすぐに売ってしまう。その前も、タクシー会社の権利が爆上がりした時、サッと売ってしまった。デフレの世界から見ると、なぜ即座に売ってしまうのかと疑問に思う。でも、それは日本の考え方。投資で儲けるなら常に値上がりする資産に買い直すことが肝要なわけです。お姉さんは土地に切り替えたんですよ。そういう人が生き残れる。もしその感覚で日本に来たら大変なことになりますよ(笑)。あー、でも彼女は野性の勘がはたらくタイプだから、日本でも違う商売を思いつくかもしれないな。

――いま、お姉さんは「月サン」のご出身地・瀋陽にいらっしゃるのですか。

 北京の近くに建設中の、発展著しい街に住んでいます。20年もデフレが続く世界などというものは、日本しかない。日本でしか通用しない、驚くべきことっていっぱいあるんですよ。「給料が上がらないのは当然だ」とかね。中国人にとっては「何それ?」。前作にも描いたのですが、「日本はこれから小さくなるので、消費を削って、小さい社会でコンパクトにやっていくのが賢い、そういう世界を目指すべきだ」。これは中国人にとっては「何だそりゃ」と感じることなんです。

――前作の刊行むなしく、消費増税が実施。より豊かな生活をしていく上では、どうすれば良いのでしょうか。

 「増税分だけを切り詰めて生活していこう」。そうならざるを得ないですよね。増税下の世界で賢く回ろうと思ったら、そうせざるを得ない。で、そうするとその分だけ日本は消費が落ちていく。困ったものです。本当のことを言えば、前シリーズを刊行することで世界が変わると思っていたんです。本当のことを伝えれば、皆、すぐに「日本はヤバい」と知り、「どうにか変えなきゃ」と行動に移すのではないか、って。でも、それは起こらない。第一に、漫画はあまりに影響が少なすぎる。テレビメディアなら別かも知れないけれど、そんな簡単には切り替わらないですよね、人間の心は。それでも叫び続ける必要があるから、どんどん叫び続けますけど。

ワンフレーズではなく、ぼんやりと伝える

――でも、マレーシアのように消費税を実質なくした国もありますよね。絶対できないわけではないのかも。

 できなくはないけれど、もっとドラスティックに物事を変えられるんじゃないかと思っていたんですけどね。でも、途中から考え方を変えたんですよ。長くやって、徐々に意識を変えるのもアリだな、と。ぼんやり意識を変える。漫画は、ぼんやりした意識を伝えることに最大の効果を発揮するんです。一つのプロパガンダに流す……、でも、あれだ。その手もあるんだよな……。「敵を設定すること」。端的に世の中を変える効果的な方法なんですよ。たとえば政治家でも、短期間で物事を変えた人たちは常にそれをやるんです。小泉純一郎さんがそうですね。あの人は必ず敵を設定する。郵政省とか、自民党とか。そうすると、みんな乗っかっちゃうわけですよ。すごく有効な手段なんです。

――ワンフレーズ。

 いわゆる新興で成功した勢力は皆、誰が悪いのかを明確にして、それを叩く。本当に世の中を変えたければ、そうせざるを得なかったんですね。でも、僕はそれをやりたくなかった。危ないんですよ、極端な思考に走って、「〇〇は悪だ」「そいつを叩こう」って教えると、大抵ろくでもない反作用があるんです。歴史上、常にそう。

 「誰が敵」ではなくて、本当のことをみんなで知って、ぼんやり世の中を変えていけないか、と思ったんですね。だから明確な敵を設定しない。「〇〇をぶっ飛ばせ」「〇〇をどうにかしろ」とは言わない。本当は言ったほうが良いんですよ、漫画として面白くなるし、何を行動すれば良いかが明確になる。でも、もう一つの漫画の効力、つまり、感情、雰囲気を伝える。ぼんやりとした気分を伝える。『孤独のグルメ』は物語の筋がないじゃないですか。でも、空気が良い。井之頭五郎が一人で飯を食う。その空気を読んでいる。あれができるのは漫画だけ。たとえば、あれを小説でやろうとすると……。

――書き込まなければいけない。

 いわゆる文学者の書く軽いエッセイも、雰囲気がありますよね。作者が見ている世界の空気を読者は吸っているんです。そういうもので経済漫画を描こうとしたんです。Amazonの書評で、「結局、我々はどうやったら世の中を変えられるのか、もっと端的に描いてほしかった」っていう人がいたんです。いや、所詮、「選挙に行け」としか結論はない。そんなの言われなくても分かっているよ、って。そういう漫画は描きたくなかった。世界が小さくなる。

――だから、明確な敵を設ける、とか、明確なハウツー本ではない、ぼんやりとした雰囲気で伝えていくが肝要なのですね。

 だから読んで分かるのは、ぼんやりした知識だけ。僕はそれが一番重要だと思う。「なるほど、社会はこうなっているのか」って、ぼんやり分かっている。具体的に問い詰められると一言も返せないけど、誰かが間違ったことを言うと「いや、それはおかしくない?」って言えるんです、ぼんやり分かっているから。

――その時はまた読み返せば良いわけですもんね。

 そうそうそう。「この人の言っていること、おかしくない?」「国の借金と増税に繋げるの、おかしくない?」「消費税を上げても税収が上がらなくない?」。逐一反論できるものを、空気で伝えよう、と。それについては、成功したと思っているんです。

若い人に伝えたいのは「日本、終わっていないぞ」

――新連載でもその啓蒙が続くのですね。

 ある意味、撤退戦ですよ。「世界を変えよう」としているのではなくて、「人間を救おう」としているんです。純粋に自殺する人を止めたい。この苦しい状況において、たとえそれが困難な道だとしても、こうすれば希望はある、と言い続ける漫画にしよう、と。

 「世界を変えられる」よりは、もっともっと緩く、読めば元気になる本にしたい。田中圭一さんの『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』(KADOKAWA)って本がありますよね。あれは、鬱の抜け方が書いてあるんじゃないんです。読むと分かるんですけど、鬱の抜け方って、1つじゃない、って分かる。田中さんの本は、十数人のいろんな鬱を紹介したために、鬱が治る瞬間が十数通りあるわけですよ。描かれている人間が救われる瞬間が十数回ある。あれは素晴らしい。

――たしかに。

 そういう漫画が重要だと思うんです。あれを見て、「俺もひとを救わないといけないな」、って。少なくとも、読んで、明日に希望があると思える話にしなきゃいけない。国じゃなくて、その人の明日。そういう意味で、撤退戦なんだけど前進しているんです。明日を生きるのに元気になれるような話にしたほうが良いな、という、明確な方向転換です。

 若い世代は自分の周りしか見えない。だから、すぐ嘘を信じ込むんです。たとえば「日本が借金で首が回らない」というのは、すごく分かりやすい。これは分かりやすいから広まったんですよ。自分がそうだから、国もそうだって思い込むんです。でも、そんなんじゃないんです、本当は。

――とりわけ、デフレ下の世界観の中だけで生きている日本の若い世代へ向け、強いメッセージが込められているのですね。

 日本政府の財政は世界がうらやむほど健全経営。持っている資産が世界トップクラスだから。日本が終わる時は世界が終わる時ですよ。こんな国が、デフォルト(債務不履行)を起こすようだったら、世界中が起こします。連載を読んでくださる人には、勉強することによって打開策がまだあるということを知ってほしい。若い人に伝えたいのは「日本、終わっていないぞ」ということ。新連載を読んでもらえれば、それが分かります!

●井上純一さんの新連載が読める「カドブンノベル」12月号のラインナップ

【連載小説】
赤川次郎/新井素子/伊東潤/櫛木理宇/小林泰三/真藤順丈/竹宮ゆゆこ/谷村志穂/中山七里/藤井太洋/藤野恵美/増田俊也/三羽省吾/宮木あや子/夢枕獏/渡辺優

【エッセイ】
今野敏/酒井順子/でんすけのかいぬし