ISBN: 9784140817964
発売⽇: 2019/10/25
サイズ: 20cm/398p 図版16p
「本当の豊かさ」はブッシュマンが知っている [著]ジェイムス・スーズマン
年の瀬も差し迫ってきた。来年の景気はどうか、不安を抱く人々は多いのではないか。未来は過去よりもよくならねばならないという強迫観念があるのか、私たちはいつからか、毎年の進歩と発展を願って働くようになった。
しかし、ヒトという生物は初めからこんな生活をしていたのではない。それどころか、進歩と発展と蓄財のために身を粉にして働くというのは、人類進化史の最後の1万年に始まったことなのだ。そして、進歩と発展のスピードがこれほど速くなったのは、このたった数十年のことに過ぎない。
では、ヒトはどんな暮らしをしていたのかと言えば、狩猟採集生活である。日々、獲れる物を獲り、食べられるだけを食べ、蓄えることはできず、食料が獲れなくなれば移動し、飢えるときは飢える。今の私たちは、これは大変な生活だと思うが、実際の狩猟採集民はそんなにあくせく働いてはいない。人類学の調査によると、1週間に15時間ぐらい働けば、なんとか暮らしていけるらしいのだ。
もちろん、こういう生活にはリスクがつきもので、飢えはかなり頻繁にやってくる。決してパラダイスではないが、それが生活というもので仕方のないことなのだ。
本書は、人類学者である著者が、アフリカのナミビアに住むジュホアンという狩猟採集民の人々を長年調査した結果の考察である。ジュホアンは、ブッシュマンと呼ばれる人々に属し、サピエンスの進化の原点にもっとも近い人々だ。長らくこの地で狩猟採集生活を営み、現在に至る。つまり、彼らの生活は、実に持続可能な生業形態だったわけだ。その秘訣は何なのか? それは、手に入るもので満足し、それ以上のものを望まないこと、なのである。
これは、イノベーションと経済発展が金科玉条のように言われる現代の社会とは、正反対の思想・哲学である。だから、そんな社会と無関係に暮らしてきたジュホアンたちは、現代社会になかなか順応できない。農場で働かされても、一生懸命働くことに意義を見いだせないので、怒られても、殴られても、働かない。
ブッシュマンのこのような態度は、文明化ができない彼らの欠点として語られてきた。しかし、本書は、その発想を逆転させる。つねに発展と向上をめざして働くという私たちの社会の観念こそ、本当によいものなのだろうか。資本主義が行き詰まるのではないかと問われる現在、ヒトの存在の原点を問い直す著作である。
かつて、手に入るもので満足していた彼らは、現在、定住地に集められ、食料の配給を受け、世界の不平等を知り、不満のかたまりだ。この現実は、何を語るのか?
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James Suzman 1970年生まれ。社会人類学者(南部アフリカの政治経済)。英ケンブリッジ大学の特別研究員。米国の新聞にも執筆。本書は2017年度ワシントン・ポスト紙ベストブック50冊に選ばれた。