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「目覚めの森の美女」書評 時空を超える女の生きづらさ

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2019年12月21日
目覚めの森の美女 森と水の14の物語 著者:ディアドラ・サリヴァン 出版社:東京創元社 ジャンル:小説

ISBN: 9784488010973
発売⽇: 2019/10/30
サイズ: 20cm/232p

目覚めの森の美女 森と水の14の物語 [著]ディアドラ・サリヴァン

 「あなたはやさしくやわに育った。でもそれを隠すことを覚えた」。なぜならやさしくやわな者は「城のなかのお姫さまとか、完璧な騎士を待つ乙女」のように「小さくて白くて無防備であってほしいと思われている」からだ。そうでないあなたは「傷つくたびにひとつずつ、体に固い甲羅をつくって」ゆくしかない。
 かくしてわたし、シンデレラは閉じ込められていた家――別の物語では城に象徴される親や夫や世間や因習や迷いや劣等感――を棄て王子さまに背をむけて森へ旅立つ。あるいはあなた、人魚姫は王子さまを刺し殺して水底へ還ってゆく。
 老人の昔話は信用できないと著者は言う。汚すぎるか、きれいすぎて、正しくないから――と。本書に収録された14の物語は、昔々あるところに……から始まるおなじみのおとぎ語をもとにしていながら全く異なっている。「ヘンゼルとグレーテル」は愛に飢えた女がお菓子の家へ子供たちを招き入れるまでの話だし、「美女と野獣」は老いた男との結婚を嫌悪する娘が悪霊を体の中に迎え入れ、共謀してその婚約者を破滅させようと企む話だ。全話が独創的で奇想天外でダークでシニカル。背後に火あぶりにされた魔女の影がちらつくのは、魔女こそが自我に目覚めた女を暗示しているからか。ほとんどの物語が「わたし」か「あなた」で語られ、時空を超え、女として生きる苦難や生きづらさに呻き声をあげているかのようだ。
 最後の一話「目覚めの森の美女」だけは男の視点。果たして王子さまは眠り姫を目覚めさせることができるのか。「そして物語は終わる。こんなふうに……」とわざわざ著者が書き添えているのはなぜだろう。
 物語は今、新たな挑戦をはじめた。読者はもう悲惨な現実から目をそらすことはできない。アイルランドで三つの文学賞を受賞した本書は、詩のように美しい文章と著者の鋭い感性がひときわ輝きを放っている。
    ◇
 Deirdre Sullivan 教師、作家、詩人。本書でCBI最優秀児童図書賞など三つの賞を受賞。ダブリン在住。