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池上彰さんが語るコミック版「戦争は女の顔をしていない」 若い女性にこそ読んでほしい本当の戦争文学

文:中津海麻子 写真:斎藤卓行

 原作の存在は知ってはいたものの、今回コミックで初めて読んだという池上さん。その感想を「衝撃だった」と語る。

 同作は、第2次世界大戦下、旧ソ連軍の一員だった女性たちの証言を集めたものだ。「日本でも従軍看護師や女子挺身隊として戦地に赴いた女性はいた。しかし、旧ソ連軍では戦の最前線で銃を握り、敵兵を狙撃したという女性も少なくない。これは、ほかの国にはないことでした」

 背景には、ナチス・ドイツの国防軍が独ソ不可侵条約を破りソ連に侵攻した「独ソ戦」がある。一般市民をも巻き込んだ血で血を洗うような残虐な戦争によって、人類史上最大の戦死者を出し、中でもソ連は2700万人以上もの命が犠牲となった。「男たちが次々と戦地で命を落とし、それでも戦争を続けるために女性までもが駆り出されることになったのです」

 コミックは、原作からいくつかのエピソードを漫画化。その一つに、最初は敵兵を狙撃したことに震え、苦悩しながらも「しばらくすると、そういう気持ちはなくなった」、自分の味方が殺されているのを目の当たりにし「それからは、いくら殺しても哀れみの気持ちは起きなかった」という女性の生々しい証言が描かれている。

 「極限の状況で感情が麻痺し、残虐になっていく心の動きや表情が、淡々と、しかし、とてもリアルに描かれている。絵で表現するコミックだからこそ伝わってくるのだと思います」

 ソ連は戦勝国となった。戦地から戻った多くの女性たちはしかし、その凄惨すぎる経験を口にすることはなかった。「『人を殺したんだろう』『男たちに性奉仕したんじゃないか』と偏見の目で見られるから。戦争が終わったあとも二次被害のように差別されたのです」と池上さん。原作者のアレクシエーヴィチさんは、かたくなに口をつぐむ女性たちの元に丹念に足を運び、500人以上の証言を得た。取材を始めたころのアレクシエーヴィチさんは30代。「自分よりも若く、戦争を知らない世代だったことが、証言者たちの心を開かせたのでは?」と池上さんは推測し、こう続ける。

 「さらに、聞き手が女性だったことは大きかったはず」

 たとえば、池上さんが作中で強く印象に残ったいうエピソード。女性だから毎月生理がくるが、男性の将校たちはまったく理解がない。下着の用意もしてもらえず、血が乾いた軍服はガラスのようになり、当たる部分が切れたりすれたりして傷になる。「『やっぱり女は』と言われたくなかった」と男性以上に戦いながら、「考えはそうでも女の身体が……」と現実に苦悩する。証言者は、相手が同じ女性だったからこそ本音を吐露することができたのだろう。

 池上さんも多くの戦争体験者を取材してきた。「『戦争を知らない若者にはわからないだろう』と言う人もいるし、二度と思い出したくない人もいる。また、これは男性に多いのですが、昔の記憶を美化する傾向がある。悲惨な体験を持ち続けるのは精神的に厳しく、防衛機制が働いていいことだけ思い出そうとしたり、都合のいいように記憶を書き換えたりする。多くの人に話を聞いていると、矛盾が生じてくることは多々あるのです」とその難しさを語る。難しさを知るからこそ、「ここまで聞き出したのは大変なことだったと思う」と、アレクシエーヴィチさんを讃えた。

 「日本では戦艦大和やカミカゼ特攻隊など『祖国のために命を捧げる男の勇敢なドラマ』として描かれがちですが、戦争は決してそんな美談ではない。また、夫や息子を戦争で失った女性は日本にもいますが、戦地で戦った人はいない。表には出てこない、私たちが知らない戦争のリアルな悲惨さが、他国の女性の体験を通じて見えてきます」

 アレクシエーヴィチさんは2015年、ノーベル文学賞を受賞した。

 「声高に戦争反対を訴えるのではなく、戦時下では何が起きるのかを淡々と綴っている。だから心を打ちます。本当の意味での反戦文学だと思う」

 池上さんは、「戦争を知らない若い世代、特に若い女性に読んでほしい。内容的に重く、他国のことなので文章だけだと理解するのが難しいけれど、コミックならば非常に手に取りやすく、内容もわかりやすい」と評す。コミック版では監修者による時代考証もされ、戦時中のソ連の様子がよくわかる。

 最後に、池上さんはこう語った。

 「命を生み、育てる女性が、人を殺さざるをえなかった。それがいかに悲惨で、精神を病んでいくことになるのか。そして、戦争は勝とうが負けようが人を幸せにすることはないーー。世界情勢がきな臭さを増す今だからこそ、その現実を改めて知ってほしい」