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安田謙一さん、神戸・元町の「1003―センサン―」に連れてって

写真・文:平野愛

元町駅前。安田謙一さん、こんにちは!

 「晴れていたら、駅前のベンチで本読んで待ってますね」
 そんな風に、メールをくださった安田さん。こちらが早く着きすぎてしまうと、もしかしたらその風景が見れないかもしれない。そう思って約束の時間ちょうどに着くように家を出た。

 JR元町駅東口。あああ! 赤い帽子が素敵だ。隠し撮りみたいなことをしてしまって、失礼だろうかと思いながら嬉しい気持ちで安田さんの方に向かった。帽子を目印に来たことを伝えると、「この帽子、オカンが嫌がってるからむしろかぶってきたんよ!」という返事の難しいボールが飛んできて、噴き出してしまった。

 ロック漫筆家・安田謙一さんは、音楽・映画をはじめカルチャー全般の膨大な知識を蓄えた、関西屈指の書き手。雑誌「CDジャーナル」で10年間連載されたものをまとめた新著『書をステディ町へレディゴー』に加えて、近著で“ガイドブックには載らない”神戸案内本『神戸、書いてどうなるのか』のお話も聞きたいし、本屋の「1003」さんに行く道中で著書にも出てくる中古レコード店「ハックルベリー」にも連れてってほしい。と矢継ぎ早にお願いした。
 「はいはい、行きましょう。15:00に映画観る予定があるので、それまで、ぜひ。」と安田さん。

手売り一筋、老舗中古レコード店「ハックルベリー」へ

 早速、JR元町駅から歩いて5分ほど。ビルの合間の赤い階段。「ここの2階!」と安田さんの早い足取りに写真が間に合っていない。開業から38年。インターネット上にあまり情報が出ていないのに、レコードファン、DJ、サウンドメーカーと呼ばれるような人に愛され続けているお店だということは知っていた。階段にはレコードがはみ出していて、胸が高鳴る。

 安田さんの神戸案内本である『神戸、書いてどうなるのか』の182ページ「とりあえずレコードを −ハックルベリー[元町]」にはこんな一文がある。

 “この店の一つの特性はエサ箱とエサ箱の間の通路が狭いこと。つま先立ちになって他の客をやり過ごしたり、やり過ごされたりが基本。”

 この関係性が、まさにこの日も店内の5、6人と交わされていた。そんな狭い通路をスルスルと抜け、次第に遠ざかっていく安田さん。

 ようやく合流して、店主の村山吉彰さん(写真右)と記念撮影を一枚。「一家に何枚か、インテリアとしてもレコード買ってほしいわぁ。」と、壁側のジャケットを指差しながら村山さんがおっしゃる。その言葉には心がふっと軽くなる。マニアじゃなくても大丈夫なんだなと。レコードとの緩やかな出会い方を教えてもらえたような気持ちになった。

 安田さん「ここは流行りに対して知らん顔で居てくれるからいいよね。“明日のいいもん”を売ってくれる。そうそう、しばらく来れてなかった間に、アジアものがたくさん入ってたらしくて、悔しかったわぁ… じゃぁ、次に行きましょうか。」

元町商店街を通って

 安田さん「僕ねぇ、右のあの服屋さん見るのすごい好きなんですよ。誰が着るんやろうっていう服が並んでいてね。独特の色味とデザインが楽しいよね。しかもずっとここにあるしね。(笑)」

 肩パット!? と目を見開いている間に、次々にご婦人たちが服を見に来られた。

 阪神・淡路大震災から25年。このあたりも被災地となった。あの日残った建物は今ではレトロなものとなり、いよいよ町からなくなろうとしている。「それはしゃーないこと(仕方のないこと)やと思うよ。それでいいんやと思う。」と、人々が行き交う町を眺めながら、安田さんはそう話してくださった。

 『神戸、書いてどうなるのか』の最終章では、安田さんの半生が「神戸育ちのてぃーんぶるーす」としてまとめられている。そして、震災の日から4日間のことも綴られている。読んでいて強く印象に残ったのは、安田さんが非日常の中で日常を力強く取り入れていく姿だった。これから先のもしもの時、忘れないでいたい。

白い建物の2階。1003に到着

 細い階段で2階に上がること2回目。ここは綱が手すりになっている。綱引きしながら上がっていく感覚が面白い。

 店内に到着! カウンターには店主の奥村千織さん。2015年にビールも飲める古本屋として立ち上げられ、細長い店内には古本を中心に、新刊、リトルプレスもたくさん並ぶ。

 真っ先にリトルプレスの台に目を向ける安田さん。ローラースケートについてまとめられたZINEや、安田さんも執筆参加の音楽ZINE「EL CINNAMONS」など。

 奥村さん「熱量のあるリトルプレスがうちにはたくさん集まってきていて、嬉しいです。その中から、映画に登場する本をテーマに編集されたZINE『BOOKS IN MOVIES』とその付録の『BOOKS IN DRAMAS』。アクセサリー製作・販売から映画のプロモーションを手がけるナインストーリーズさんのプロジェクトです。綺麗ですよね。色違いもあって本当に丁寧に作られているんです。本が出てくるシーンだけを切り取りコメントする。とことん集められているその感じ、好きですねぇ。」

 奥村さんに今オススメの本についても聞いてみた。

 奥村さん「こちら、安田謙一さんとトークイベントもしてくださった平民金子さんの初の著書『ごろごろ、神戸。』です。神戸市広報課のホームページでの2年間の連載を、大幅に加筆と書き下ろしを加えた一冊なんです。連載当時は平民さんのことは直接知らなかったんですが、1ファンとしていつも更新情報をチェックしていました。2015年に東京から神戸に引っ越して来られた平民さんが、育児を通してみる神戸のあれこれ。ごろごろは、ベビーカーを押す音ですね。新しい形の育児エッセイとしても読み応えがあります。お子さんがいる方もいない方も、どちらにも優しくて、ハッとさせられる。ぜひ読んでいただきたいですね。」

 “ごろごろ”が、ベビーカーの音だったことに、私も表紙からハッとさせられた。
奥村さんにお話を聞いてうちに、店内はどんどん人でいっぱいに。

 ふと気がつくと、ところどころに飾られている少々不気味なお面の視線を感じる。奥村さんの旦那さんの趣味で、いつの間にか掛けられていたそうなのだ。気になる!

 お面から慌てて目をそらして、安田さんに声をかけて、最後にもう少しだけ、新著と本作りと本屋さんについて聞いてみた。ゆず茶をすすりながら。

 新著『書をステディ町へレディゴー』は、2010年から2019年までの10年間、雑誌「CDジャーナル」で連載されていたコラムを中心にまとめられたもの。古本屋、レコード屋、映画館、家のことから時事まで、その時々の色々を120本くらい収録。共著は連載時に毎回漫画を描かれていた、漫画家の辻井タカヒロさん。もちろん漫画も一緒にまとめられている。

 安田さん「真っ白いジャケットは、デザイナーの藤田康平さんが決めてくれたんですよ。真っ白にするとビートルズのホワイトアルバムを連想するし、パロディとしても直球すぎるかなと思ったんですけど、結果的にこうなってとっても気に入ってるんです。前々作の『なんとかと なんとかがいた なんとかズ』は平台に置いた時にそこだけお通夜みたいに見えるようにしたいと言うリクエストで、坂本慎太郎さんにデザインしてもらったんです。出来は想像以上にお通夜で(笑)完全に僕の好みの世界だったので、今回はあえて任せてみました。

 1003の奥村さんがとても心強いことをおっしゃってくれたんですよ。近頃は本って売れないと言われているけど、場所とタイミングと物があれば売れるんだ、って。それを聞いて、また本を作りたい、何軒かの面白い〈場所〉に置いてもらいたい、って思うようになりました。

 誠光社からこの本を出せることになって、中身の方は(店主の)堀部篤史くんが今の文芸好きの男の子たちが手に取る感じっていうのをイメージして、色々と案を出してくれました。僕がなんぼ考えても出てこないような事もいっぱいあって、本屋と一緒に本を作る意味とか面白さはそこにあるんだなってことも、今回とても実感しましたよ。

 これからのこと? 『書をステディ町へレディゴー』の続きを、またどこかで書きたいです。漫画家の辻井くんと一緒に。」

 本を作って届ける、ということを、1003の奥村さんや誠光社の堀部さん、漫画家の辻井さん、そのほかにも神戸の人たちや町もひっくるめて、バンド仲間のように心底楽しんでおられるように感じたひとときだった。いいなぁ。本当にいいなぁと思った。

 さてさて、お別れが近づいてきた。「映画館に行くと前半15分は必ず寝落ちする」という安田さんは、「でも、起きてからの冴え方が半端なくて、全能で映画を見る」んだそう。なんか、すごいなぁ。

 最後のゆず茶をクイッと飲み干して、「じゃ!」と三ノ宮の映画館に向かわれたのだった。

 たくさん写真を撮ったけれど、お母さんに「ええやん」って言ってもらえるような、赤い帽子の写真が撮れているだろうか。

 またいつの日か、私を本屋に連れてって。