「南極殺人事件」書評 大阪弁で氷原駆けめぐる空想
ISBN: 9784892713217
発売⽇:
サイズ: 20cm/374p
南極殺人事件 [著]竹谷正
カキーンと張った凍結した空気、青と白の抽象世界、そんな生活感の欠落した異次元空間に鮮血が飛ぶ。絵画的色彩のギャップが引き起こす殺人事件。
物語の語り部は著者(先生)と長年のくされ縁で結ばれた旅行会社のきみ子と呼ばれる添乗員。口を開くと「きみ子、きみ子」と連呼する先生は眼科医と作家の二足のわらじを履く本書の著者で、妻同伴での南極旅行に参加する。
きみ子には一人称で馬鹿丁寧な敬語調で語らせるが、その内容は慇懃(いんぎん)無礼。そして先生自らは三人称のコテコテ大阪弁やけど、これも計算の上での戦略。きみ子と先生は共犯関係で、先生は自己をフィクション化してそれとなく小説内で自らの存在をPRしはる。
ぼんやりと読んでいると本書はきみ子と先生の長いくされ縁のぼやきをつづった旅行記か手記かと勘違いさせられる。まあ二人の関係はともかく、早(は)よう、本命の南極殺人事件を起こしてえなあ、と先生の口調を借りて大阪弁で抗議をしたくなる。
南極は地球上で隕石(いんせき)の落下率が高いという。隕石にえらい興味を持ったはる先生はきっと隕石と殺人事件を結びつけはるに決まっている。天からの隕石に直撃されて人が死ぬのは天文学的偶然。でも先生はそれも視野に入れながら、空想は氷原を駆け巡る。
ルネ・クレール監督は「そして誰もいなくなった」の冒頭場面で犯人をカメラ目線で紹介させるが観客は彼に気づかないのと同様、この小説にも先生は遠景風景として伏線を張ってはる。だけど先生は大阪人や、ついサービス精神がでてしまう。ぼくは早いとこ犯人を見抜いていたので、「先生、これ以上近づいたらあかん」と叫ぶ。ルネ・クレールみたいに最初に犯人を紹介してしまった方がかえって解らんで。
それにしても私同様80代で世界一波の荒いドレーク海峡を航海しはった先生は怪物や。
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たけたに・ただし 1933年生まれ。医師。55年、小説誌「別冊宝石」に入選。江戸川乱歩の称賛を受ける。