物理学の知見をもとに、イノベーションを起こす集団の“方程式”を導き出す。なんとも刺激的な論考である。
斬新すぎて誰からも相手にされないが、実は世の中を変えるような画期的なアイデアを、本書ではルーンショットと呼んでいる。こうした「いかれたアイデア」が日の目を見るのは難しく、ルーンショットを尊重してきたチームが突如として保守的になることも珍しくない。物理学者で創薬ベンチャーの創業者でもある著者は、そのメカニズムに迫る。着目したのは企業文化ではなく組織の「構造」だ。
氷点下になれば水が氷に変わるように、ある点を境に物質の「相」が一変することを「相転移」という。森林火災や感染症の拡大、そして組織の行動変容も、この相転移で説明が可能。規模がそれ以上になると集団が様変わりする閾値(いきち)も算出できるらしい。
とはいえ、数式ばかりが並ぶ本ではない。戦局を左右した米科学研究開発局の活躍、歴史的発明を生んだポラロイド社の凋落(ちょうらく)、新薬開発の知られざる舞台裏……。知的好奇心をそそる事例はどれも読み応え十分で、引き込まれる。
ドラマチックな語り口に科学的な分析。これもアートとサイエンスの融合であろう。=朝日新聞2020年2月15日掲載