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「神田伯山襲名と演芸界」本でひもとく 百花繚乱の名演ナマの高座で 宮信明・早稲田大学演劇博物館招聘研究員

講談師の神田松之丞が真打ちに昇進し、六代目神田伯山を襲名した=11日、新宿末広亭、金子山氏撮影

 2020年2月11日、講談界に大きな名前が復活した。松之丞改め六代目神田伯山(はくざん)。ラジオやテレビで大活躍の講談師・神田松之丞が、真打ち昇進と同時に大名跡である伯山の六代目を襲名したのである。都内の寄席を中心に今後も披露興行は続いていく。講談未体験という方には、ぜひこの機会にナマの講談や落語に触れてもらいたい。

聴き手に親切

 とはいえ、いきなり寄席やホールへ出かけて行くのは、いささかハードルが高い、という方も少なくないだろう。そんなあなたにおススメしたいのが、『神田松之丞 講談入門』である。

 ラジオやテレビで毒を吐きまくっている姿からは想像もつかないが、伯山(松之丞)の魅力は、なによりもその「優しさ」にある。聴き手に親切な講談。鋭い語り口に躍動感あふれる所作、弾ける張り扇の音、そこから生まれるわかりやすさ、平明さにこそ伯山最大の凄(すご)みがあるといってよい。「講談の基本」「全持ちネタ解説」など、本書には、そうした伯山の資質が余すところなく発揮されている。

 さらに、人間国宝・一龍斎貞水に「講談の歴史を学ぶ」という姿勢が、なんとも心憎い。すれっからしのオールドファンをも魅了する伯山の面目躍如。新旧両睨(にら)みの、まさに「講談入門」にはうってつけの一冊である。

 もう少し予備知識を仕入れてから、というあなたには、関根黙庵『講談落語今昔譚(たん)』はいかがだろうか。大正13年初版、話芸についての初めての通史である。講談、落語の起源から明治時代の演芸界まで、実見にもとづいた珠玉のエピソードを交えつつ、演者・演目・演じる場所の3要素が、丁寧に記されている。芸能史研究の先達・山本進による詳細な校注と索引が付されているのもありがたい。

 ただ、残念なのは、明治時代の出来事を綴(つづ)った最終章「人情噺(ばなし)の末路」で幕が閉じられている点だ。それ以降の話芸の変遷については、有竹修二『講談・伝統の話芸』や暉峻(てるおか)康隆『落語の年輪』などが詳しい。

新鮮な笑いも

 講談とともに衰退の一途を辿(たど)ってきた浪曲にも、近年、新たな光が射(さ)し始めている。新鮮な笑いと骨太な関東節で、いまもっとも注目される浪曲師・玉川太福(だいふく)。『浪曲師玉川太福読本』(シーディージャーナル・1500円)には、春風亭昇太や立川志の輔、村松利史との対談、伯山や玉川奈々福のインタビュー、さらに山田洋次の寄稿などが掲載されている。玉川太福という芸人の振幅の広さを示すかのような、バラエティーに富んだ構成で、雑誌の別冊とは思えないほどの充実ぶりが愉(たの)しい。

 ほかにもどんな芸人がいるのか、もっと知りたい、というあなたには、橘蓮二『本日の高座』を紹介しよう。
 人間国宝から二つ目に昇進したばかりの若手まで、140人以上の芸人の写真と、章ごとに添えられた、短くも熱い文章によってまとめられた写真集。ファンにとってはお馴染(なじ)みの表情や仕草(しぐさ)から、普段は見ることのできない楽屋や舞台袖での一コマまで。長年、会場に足を運び続けた著者にしか撮ることのできない一瞬が、ものの見事に切り取られている。まるでその場の空気や熱量、体温までもが読者に伝わってくるかのようだ。

 そしてなによりも嬉(うれ)しいのは、太神楽の鏡味仙三郎や紙切りの林家正楽、曲師の沢村豊子や玉川みね子、さらに今後を担う若手の姿が多数収められていることだろう。

 現代の演芸界は、まさに百花繚乱(りょうらん)。ぜひこれらの本をきっかけに、ナマの高座に足を運んでもらいたい。終演後、座席から立ち上がれなくなるほどの、あなたの存在を芯からぐらつかせるほどの名演に、きっと出会えるはずだから。=朝日新聞2020年2月15日掲載