坂道三部作⁉
――『坂道のアポロン』では1960年代の高校生とジャズ、『月影ベイベ』では富山の伝統行事「おわら」。小玉さんの作品は毎回テーマにも意外性がありますが、『青の花 器の森』で波佐見焼を描くことにしたのはどうしてですか。
長崎県出身なので、波佐見焼は身近な存在でもともと好きだったんです。地元では有田焼か波佐見焼しか持ってないというくらい、普段からみんなが磁器を使っているんですね。東京に来て初めてそれが特別なことなんだと気がつきました。
波佐見は量産をする地域なんです。普通、陶芸のマンガといったら「ろくろに向かって自分の心をこめて作品をつくる」っていうイメージになると思うんですけど、波佐見焼はもっとシステマチックに分業されていて、みんなで作るんですね。型を作る人、生地を作る人、素焼きをして運ぶ人、絵付けをする人、焼く人……細かく仕事が分かれていて、それぞれにプロフェッショナルな人がいる。そしてみんなで力を合わせていっぱい器を作るんです。量産物って「芸術とは違う」と軽く見られてしまいがちですが、毎日使う日常のお皿を作っているところも私は好きで。色々調べるうちに、波佐見焼をテーマにすればあまり読んだことのない器のマンガになりそうだし、私が描きたいものを描けるかもしれないと思いました。あとは町ですね。
――マンガに流れる気持ちのいい空気は、背景の町からも生まれていますね。第一話冒頭の青子が車で中尾山を登るシーン、一気にストーリーに引き込まれました。
やった、嬉しいです。まさにあのシーンで描いた坂道に初めて行った時、「ここ好き」ってなっちゃったんです。「これだ!」と思ってそこからばーっとマンガができていったというか。とりあえず主人公二人の顔が頭に浮かんで、「この二人が最初対立して~」みたいな図も紙に描いて。
担当編集者(以下・編) 取材中にあの坂道に出会った時、「ああ、この坂を描くためにこのマンガは始まったのかもしれない」って思いました。小玉さんの坂道フェチが出たというか(笑)。『坂道のアポロン』はタイトルそのままだし、『月影ベイベ』の舞台になった八尾も坂の町。今回の『青の花 器の森』をあわせて、勝手に「坂道三部作」って呼んでます。
フェチ…なのかなあ(笑)? でも、うん、多分そう。くねくねした坂道に来ると懐かしさがあるんですよね。長崎なんて自転車に乗れないくらい坂道だらけだし。意識して好きっていうよりは、もう勝手に惹かれちゃうんでしょうね。
――『青の花 器の森』では取材もかなりされているんですか。
はい、もう結構足を運んでますね。最初に一週間近く泊まり込みで窯の中を見せてもらう濃いめの取材をやって。光春窯さんとスタジオワニさんという窯に取材させていただいているのですが、「こういう絵付をしたい場合はどういう手順でやったらいいですか?」って聞いたら実際に焼いてくださったり、たくさん協力していただいています。印象的だったのは、窯の人たちがみんな仲良しなんです。
――マンガでもやっぱり窯の人たちが仕事をしていて楽しそうですよね。
割とそのままの雰囲気だと思います。最初は何も知らずにキャラクターを考えたのに、実際に取材したら私が描きたかったキャラクターのような人たちが本当にいたりして。すごく不思議な感覚でした。素敵な出会いがいっぱいありましたね。
大人のふたりが少しずつ距離を縮めていく
――『青の花 器の森』は大人のラブストーリーを描くというのが最初にあったとうかがいました。
『坂道のアポロン』『月影ベイベ』と高校生の話が2作続いたので、大人の話を描きたかったんです。青子が31歳で龍生が27歳なんですけど、男性を歳下にしようっていうのも最初から決めてました。
――ラブストーリー、描いてみていかがですか。
これまでも恋のエピソードはたくさん描いてきたんですけど、正面からラブストーリーとして長編を描くのって実は初めてなんです。やっぱり人と人が近づいていく過程をじっくり描けるのは楽しいですね。
――青子と龍生の距離が少しずつ近づいていく様子は、小玉さんならではのじれじれ感というか。1巻で二人が夜遅くまで残って同じ部屋で別々に仕事をしているシーンのように、積み重ねていく時間をとても丁寧に描かれていますね。
二人で初めて居残るシーンは、私こういうものを描きたかったんだって描いてから思いましたね。この頃に比べると今はだいぶ二人の距離が縮まりました。
自分で描きながらもいいなって思うのは、この作品に出てくる人たちは大人なので、傷ついたからといって突然ふさぎこんだりもしないし、仕事はちゃんとするんですよ。高校生だったら何もできなくなって3日ぐらい学校も休むわっていうくらいの出来事があっても、この人たちはタイムカードを押してちゃんと仕事をしに来る。でも大人ってそういうものだから。そういう人たちの気持ちのやりとりをラブストーリーとして描いていて今、自分でも新鮮で楽しいです。
――主人公の青子は、胸につかえるものを抱えながらもいつも楽しそうで、仕事が好きな気持ちが伝わってきます。
天真爛漫でお茶目なんだけどふとしたところで大人っぽさが垣間見える人を描きたくて。青子は太陽みたいな明るいキャラをイメージしていたので、明るさがあるなら影もあったほうがいいかなと、過去の痛みを隠しながら生きている人という設定になりました。普段は出さないからこそ痛みが大きい。龍生のほうは「俺傷ついてる」感を割と外に出してますからね(笑)。
――龍生は作者から見るとどんなキャラクターですか?
青子がファニーなので、対照的にするならやっぱりイケメンかなと思ったんですけど……。実は私自身はイケメンにあまり興味がなくて、最初は不安に思いながら描いてたんです。でも、酔っ払うと妙に素直になったり、普段からサングラスをかけてて芸能人に間違われたり……ちょっとおもしろい龍生のポテンシャルに気がついて「突っ込みどころいっぱいあるな」って思ったら、どんどん描くのが楽しくなってきました。今はもうアクセル全開です(笑)。
瞳とメガネに宿るひらめきの表現
――小玉さんといえばメガネ。青子のメガネに器が映るシーンもいいですね。
『坂道のアポロン』の主人公・薫もメガネキャラだったんですが、同じアシスタントさんが青子のメガネも描いてくれています。メガネって描くのが本当に大変で毎回時間との戦いなんです。でもかけさせたくなっちゃう。下絵だけ描いてメガネの位置や向きの指示を出しておくとアシさんがちゃんとしたメガネにしてくれる。その後で私が顔を描いてます。
――メガネのどこが好きですか?
青子はちょっと特殊かも。普段私が好きなメガネの人って、それこそ薫みたいなメガネキャラというか。なんというか……「心にメガネをかけている」(笑)。少し閉ざしている感じが好きなんですね。だから本来なら龍生の方がメガネをかけがちなんです。ああでも、心の痛みを隠しているって意味ではやっぱり青子なのかなあ。意識してなかったけど。単純に女の子のメガネかわいいなって思ったんですよね。
――メガネだけではなく瞳の表現も素晴らしいですよね。青子が器を見た時に瞳にそれが映るのがキラキラしていて、読んでいると体温があがります。
編 青子のメガネや瞳に柄が映るシーンって、青子のマニアックなオタクっぽい感覚に火がついたシーンだなって私も感じてます。気持ちが入り込んだ時のひらめきの表現。これがくると「おお、きたきた!」って思うんです。
私は普段瞳を黒く塗りつぶすんですけど、黒目だから自由じゃないですか。青子の頭の中では何かわーっと見えてるっていう表現をしたい時に、瞳に器を描き入れるのが効果的かなって思って描いてます。
――少女マンガでは塗りつぶしの瞳って実は珍しいんじゃないでしょうか。
珍しいですよね。塗りつぶした瞳はごまかしがきかないので結構難しいんです。時々怖いって言われたりもするんですけど(笑)、私はもうこの描き方しかたぶんできないから。デビュー作の時も目の形は違うんですけど、やっぱり瞳は真っ黒でした。多分今までに一作だけ編集者に言われて瞳に光を入れた作品があるんですけど、なんだか違うなあと。
今年はデビュー20周年
――「無名でいい」という青子に「あなたのオリジナルの絵柄の器がほしい人はどうしたらいいんですか」と龍生が怒るシーンも印象的です。
波佐見焼って窯の名前は書いてなくてデパートでもただ波佐見焼として売っていたりする。ことさらに名前を出さない文化が割とあるんですね。量産する人たちの話を聞いていても職人として技術をきちんと身に着けて、その上でみんなで一緒に作ることに価値があると思っているプロフェッショナルな人たちが多いなって。すごく粋でかっこいいなと思う部分と、でももっとアピールしてもいいのにってせめぎあう自分の気持ちをそのまま二人に戦わせたシーンです。「どっちもわかる!」みたいな気持ちで描きました。
――器について、小玉さん自身が思想的に影響を受けた方はいらっしゃいますか?
森正洋さんですかね。白山陶器で波佐見焼の革命を起こした方です。森さんのデザインは北欧に通ずるものがあり、影響を受けたり与えたりしつつ、江戸時代から続いてきた和食器を美しくかつ役にたつ形にすることを追求されたんですね。森さんの器はそれまでになかった形だけど、使いやすい。工芸ではなく、あくまで工業製品として素晴らしいものをたくさん作られたんですよ。白山陶器の平茶碗の裏に「も」って書いてあるのは森さんの「も」です。芸術品ではなく日常の器を工業的に作るっていう考え方も好きですね。量産でもあり、デザインでもある。
――まさに青子と龍生の考えの両方の源流のよう。初夏に発売予定の『青の花 器の森』5巻では二人の距離にまた少し変化がでてきそうですね……⁉
はい、楽しみにしていただけたら。まだ先になるとは思いますが最終回もなんとなく頭にはあります。そこにむかってどんな風に見せていくかはこれから。青子と龍生がどんな器を作るのかを考えるのも毎回大変なんですけど、楽しんでいただけたら嬉しいです。
――そして今年は画業二〇周年。おめでとうございます。
ありがとうございます。でも実は、ブランクがあるんですけどね。私は2000年に「CUTiE Comic」(宝島社)でデビューしたんですけど、休刊になってしまって。その後「Vanilla」(講談社)って雑誌で再デビューしたら、また休刊に。どこにも行くところがなくなって、ちょっと間があいちゃったんです。その時期はテレビのCMの絵コンテを描くバイトをしてました。すごくリアルに描かなきゃいけなかったので、そこでパースの勉強ができたんです(笑)。その後、私の描いたマンガが載ってる雑誌が出版社のゴミ置き場に捨てられていたらしくて。たまたま暇でそれを読んだ編集の方の目に留まって2006年頃「flowers」(小学館)で再々デビューができました。
――なんと……そんなことがあったんですね。「flowers」では6月号(4月28日発売)で小玉さんの特集が予定されており、二〇周年に関連する情報もこれから発表予定だと伺いました。『青の花 器の森』のつづきとともに楽しみにしています。ありがとうございました。