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「いのちを刻む 鉛筆画の鬼才、木下晋自伝」インタビュー うそみたいな人生を生きて

 白と黒だけの世界。

 盲目の芸能者・瞽女(ごぜ)やハンセン病の元患者の顔を、10Bから10Hまでの鉛筆を使い、静寂かつ克明、濃密に大画面に描き出す。線を重ねるというより、面に分割するような表現が、国際展などで評価されている。

 この自伝に登場するのは、壮絶というほかない歩みだ。富山市に生まれるが、自宅を火事で失う。母親には放浪癖があり、極貧の中で弟は餓死、父親は事故で早世する。自身も高校を中退し、駆け落ちまで経験。ところが、筆致は不思議に明るい。

 「とにかく生きるしかない。悲しむより、自分で食べものを調達した方が早い。根が楽天的なのかね」

 一方で、才能に恵まれた。中学2年で作った彫刻が注目され、富山大の研究室で制作する機会を得た。高校2年で描いた絵画は自由美術協会展に入選し、新聞記事にもなった。

 あまりに浮き沈みの激しい人生。

 瀧口修造や大島渚といった超一流の文化人と出会っても、ものおじしなかった。「中学生で大学に通ったことで、『俺は頂点に立つ。だからそれにふさわしい人間と会う』という思いがありました。『ああ無情』を読み、もの音一つしない竹やぶの中の小屋で暮らし、妄想を膨らませたせいなんだと思います」

 美術家・荒川修作の助言をきっかけに、瞽女の小林ハルさんらを鉛筆で描くことに。容易ではない境遇の人々と自身の姿を重ねた、と思われがちだ。「違います。僕にはないものを持っている人を知りたいんです。ハルさんなら、初めて聞いたときの声の衝撃から始まっている」

 今は、パーキンソン病の妻を描いている。介護をしながら。「一番近い人間として向き合える。本当の意味で他人じゃなくなった」。そして、こう漏らした。「うそみたいな人生を生きさせられているな」(文・大西若人、写真・岡田晃奈)=朝日新聞2020年2月29日掲載