リソスタジオでどんなことができるの?
hand saw press KYOTOには、2色刷りのリソグラフと1色刷りのリソグラフが各1台、断裁機、製本機があり、印刷から製本まで一貫してできる。
印刷所との大きな違いは、店主の小田さんと一緒に相談しながら本を作り、印刷に立ち会って細かい調整をしながら制作できること。このような場所は海外ではリソスタジオと呼ばれ、世界には700〜800カ所もあるそうだ。では、リソグラフで一体どんなことができるのか、さっそく体験させてもらうことにした。
1、冊子を作ってみよう
まずはいちばん簡単なA3サイズの紙でできる8ページの冊子を作ることに。
最初に、ガイドに合わせて原稿を順番に並べ、印刷のもとになる版下を作る。インクは全部で17色あり、ドラムを入れ替えてインクの色を換える。この色の組み合わせ次第で、他の手法ではできない表現も可能だ。今回は、文字はライトティールという小田さんが一番好きな色。イラスト部分はブライトレッドという深みのある赤で印刷する。印刷機から刷り出された紙を見て、うまく2色刷りになって感動! イラストの赤がぱっと目を引く。紙の中心に切れ目を入れて、折り目にそって折ると、2色刷りで8ページの冊子になった。
2、オリジナルノートを作ってみよう。
お次はノート。罫線のデザインや色、紙を好きなように組み合わせてオリジナルノートを作ってみる。
好きなデザインの罫線を使って、版下を作る。必要な枚数を刷ったら、断裁機で半分にカット。表紙の紙をつけ、製本機で製本する。断裁機でよけいな部分をカットして仕上げる。ただの紙の束だったものが、小田さんの手によってみるみるうちにノートに仕立てられていく。
刷り立ての紙はあたたかくて、インクにおいがほのかにする。紙を触ってしまうと、手にインクが移る。一枚一枚、インクののり方がわずかに違う。世の中にはきちんとデザインされたカラーの印刷物があふれているが、リソグラフで刷ると、そういった印刷物とは違う手作りの味が出る。
hand saw press KYOTOができるまで
もともと印刷業をしていたのかと思いきや、小田さんの経歴は異色。学生時代を京都で過ごし、そのあと上京して音楽雑誌編集者に。独立後は友人とmapという出版社を立ち上げ、2000年から音楽雑誌や本作りを始めた。当時はDTPの出始めで、コンピュータで編集ができるようになった時代。周りにも自分で雑誌を作る人が多く、小田さんもその影響を受けた。その後、SAKEROCKや二階堂和美、トクマルシューゴらが輩出したレーベル「compare notes」もスタート。家族ができたことを機に、多忙で家を空けることの多いツアーやイベントのコーディネイトや雑誌制作を休み、「なぎ食堂」というベジ料理の定食屋さんをオープン。今や海外のガイドブックにも掲載される人気店になっている。
たまたま中古でリソグラフを手に入れたのは5 年前。
「日本にもリソスタジオがあったらいいなあ、だれかやったらいいのにと思っていたんです。けど、だれもやる人がいなかったから自分でやろうかなと。海外でもできるなら、日本でもできるはずだと思ったんですよね」
そうして2017年、東京の武蔵小山で友人たちと実験的にリソスタジオhand saw pressを始め、店や知り合いのチラシや冊子を作るようになった。
京都に戻ってきたのは2019年の夏。6年前にがんで亡くなった奥さんの実家があり、介護や子どもの将来を考えてのことだった。ホホホ座の運営メンバーの一人である松本伸哉さんに移転の相談をしたところ、トントン拍子に移転が決まった。
ホホホ座も自分たちで本を企画制作していたが、編集者はいなかった。小田さんは編集ができる上、印刷機まで持っているということで歓迎された。こうして小規模ながらも、制作から流通、販売までが一直線でできる場が出来上がった。
ZINEから見える出版物の未来
これまでZINEは自分の思いを伝える小さなメディアとして、表現や社会運動の手段として長い間使われてきた。ところが今はインターネットで手軽に発信できる時代だ。どうして再びこのようなアナログな表現手段が見直されているのだろう。
「インターネットは基本無料で、課金できるといってもお金を払う人は少ないですよね。手に触れるもの、形のあるものじゃないとお金にならない。商品の価値を高めるために、人の手がかかっているとわかるようにする方法として、リソグラフが注目されているんだと思います。あえて自分たちで手のかかったものを作る行為も含めて、買ってくれるんじゃないでしょうか」
実際、世界に目を向ければ、アートブックフェアというZINEを中心としたマーケットがあり、かなりの割合でリソグラフが用いられているという。何色も使ったポスターやリソグラフ印刷した作品を手製本したイラスト集が、高いものでは一点5000〜7000円ほどで取引されているという。
また、小田さんはこれまで出版社から2冊のレシピ集となぎ食堂のエッセイを出版しつつ、何冊もの自主制作本を編集/出版してきた経験から、ZINEの魅力についてこう語る。
「出版社から本を出すと2000部〜3000部で印税は20〜50万。1 年かけて作ってもそれだけでは食べていけない。でも自分で300部作って1冊1000円で直販すれば30万になる。
お金だけの話ではなくて、3000人に届けるものと、300人に届けるものは、届け方も読まれ方も違います。特にZINEの方は自分が本当に書きたいことを書けるだけでなく、対面で交換したり売り買いしたりするので、読者と直接やりとりできます。
ZINEはただ本を売り買いするだけでなく、作家と読者がダイレクトにコミュニケーションするためのツールでもあるんです。中身の魅力だけで売れる方が本筋かもしれませんが、作った人や出版社への応援も込めて買ってくれることが多くて、どちらかというと、手工芸品に近いようなところがあります。そういうところに将来性を感じます」。
小田さんの言うことは大いにうなずける。
筆者も自作のZINEが売れて、改稿して商業出版で出したことがある。商業出版で出すと、全国の書店や図書館に行き渡るのがメリットだが、出版だけで生計を立てることの難しさも感じた。もちろん筆者の実力不足もあるが、出版不況が続く中、出版社はリスクを避けるようになり、一見よくわからないものに投資することや、長い目で見て作家を育てることが難しくなっていると感じる。
そのような状況では、ぱっと見てわかりにくいことをしている人や作品制作に長い時間かかる人は、デビューしたり表現活動を継続したりすることが難しい。だからといって、伝えたいことがあるのに、あるいは読みたい人がいるのに、活動をやめてしまうのはもったいない。ZINEはそんな人たちが表現を続けるための助けになるかもしれない。
また、日本ではアートブックフェアとは別に、文学フリマという、毎年全国の都市で開催される自主制作の出版物を売り買いするイベントがある。参加者は年々増えており、近頃は商業出版している作家も出している。さらに近年は、各地でブックフェアが開かれ、本を出版社や個人から直接売り買いできる場も増えている。
筆者もそのような場に出向いて、著書や編集した本を売ったことがある。売れないこともあって大変だが、そこでの出会いから新たな仕事が生まれたり、友達になったりすることもある。本とは違って対面販売で流通するZINEは、印刷物を通じて自分の声を届けることで人間関係を築く、コミュニケーションツールとしての可能性もある。
hand saw press KYOTOでは、実験的な試みが生まれつつある。ホホホ座とのコラボのほか、一緒にスタジオをシェアしている加藤直徳さんが、リソグラフで4月に創刊予定の雑誌を印刷中だ。小田さんによると、1000部以上の商業出版物をリソグラフで刷るのは異例だそうだ。
また、新たに、2分でダイレクトにシルクスクリーンの版を出力できる機械を導入、リソグラフとシルクスクリーンを混ぜ合わせて冊子を作ったり、紙以外の布やガラス等への印刷も可能にしたことで、この先さまざまなグッズ等を作ることも検討している。リソグラフ機を車に載せて、地方の本屋やイベント等へ繰り出して、「青空印刷工房」として印刷を媒介とした新たな展開も考えているという。
多様性があってこそ本の世界は豊かになる。ベストセラーやロングセラーだけでなく、一見してわからないものやマイナーなもの、ものすごく個人的なものの中から読みたい本を探すのが面白い。だから、ZINEの世界が豊かになることは、読書体験も豊かにしてくれるはずだ。将来、この実験場からどんな作品が生まれるのだろうか。楽しみでならない。