「炭鉱と美術」書評 アートで引き継ぐ坑内の「記憶」
ISBN: 9784798502762
発売⽇: 2020/01/08
サイズ: 22cm/320p
炭鉱と美術 旧産炭地における美術活動の変遷 [著]國盛麻衣佳
山本作兵衛の炭鉱記録画は、2011年国内初のユネスコの世界記憶遺産となり広く知られたが、それでも多くの人にとって「炭鉱と美術」は意外な響きを持つだろう。本書は各地の炭鉱の美術家たちを一様にまとめず、それぞれの状況や指向の違いを詳説しつつ、炭鉱を背景とする現代の複数のアートプロジェクトのありようを問うていく。
地域住民との事前のコミュニケーションが重要なことは、全ての芸術祭に共通するが、落盤事故や塵肺(じんぱい)で家族を亡くした遺族、強制労働の記憶、炭鉱住宅暮らしへの劣等感を抱える住民もいる中、炭鉱遺産の評価や展示にはとりわけ繊細さや歴史を踏まえた思慮が必要とされる。その上で「タブーに切り込み、再考を促したり、継承したりするような表現」を著者は提言する。第5章の「三池炭鉱のクレヨンづくり」のプロジェクトは好例であろう。福岡県の大牟田市民にとって市の最多のイメージカラーは灰色であったが、「三池炭鉱のお月さん」の黄、「今なお動く炭鉱電車」の赤などイメージを6色に拡張させ、教材やお土産用として製品化したという。負の認識を踏まえた上で、内外の人間がまじりあって生み出す新たな価値観は、そこで生きる人々にとっても意味を持つように思われる。
巻末インタビューもボリュームがあるが、印象的なのは元炭鉱労働者で塵肺を患った石炭画家早川季良の言葉だ。最深の坑内に近づくと、アンモナイトや木、カニ、エビの化石を見ることができたという。炭鉱を嫌いにならなかったのかと問う著者に早川は「塵肺になった人は皆そう言うね。でも僕は炭鉱の仕事が好きだった」と答える。一つの事象について記憶を引き継ぐとは、皆で唯一の共通認識を持つことではなく、いくつもの眼差しの違いを共有することであり、そこにダブルイメージや余白を内包しうるアートが介在する最大の意味があるのかもしれないと考えさせられた。
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くにもり・まいか 1986年生まれ。美術家。九州大大学院修了。本書は同大学院に提出した博士論文を改稿。