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「銀河の片隅で科学夜話」書評 「三人寄れば…」はなぜ正しい

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2020年04月04日
銀河の片隅で科学夜話 物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異 著者:全 卓樹 出版社:朝日出版社 ジャンル:自然科学・科学史

ISBN: 9784255011677
発売⽇: 2020/02/17
サイズ: 19cm/190p

銀河の片隅で科学夜話 物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異 [著]全卓樹

 目には見えない微視的世界を支配する量子論から人間の社会的行動を説明する数理社会学まで幅広く研究する物理学者による科学エッセイ。全22話が5編にちりばめられている。
 天空編は天文学、原子編は量子論に関する話。レトリックに満ちた文体は科学者には珍しいかも。
 一番のお薦めは数理社会編だ。社会的判断に確率と統計の理解は不可欠だが、「噓には、三種類がある。噓、真っ赤な噓、そして統計」(ディズレーリ)に象徴されるごとく、悪用されれば立派な詐欺ともなる。
 三人寄れば文殊の知恵、はなぜ正しいのか。民主主義の基盤をなす多数決は数理的に正当化できるのか。
 個人が、常に賛成あるいは反対の意見を持ち続ける「固定票タイプ」と、他人の意見に左右される「浮動票タイプ」に二分されるとするならば、議論を尽くすほど少数の固定票タイプが賛否を左右してしまう。簡単なモデル計算によれば、2割程度の固定賛成派(あるいは反対派)がいれば、民主的手続きによってその意見が最終的結論となることが証明できるらしい。
 実際、全集団から見れば少数派であるにもかかわらず、確信的意見を共有するグループや派閥が大きな影響力を及ぼして牛耳っている例はすぐ思いつく。民主主義が適切に機能するには、各人が付和雷同せず、自分自身で責任を持って判断をすべきことは数理的にも確認できるのだ。
 倫理編では、脳信号と夢、言語が認知に与える影響、各国の文化と倫理観の違いなど、ビッグデータとディープラーニングが人文学的テーマを科学的に解明しつつある現状に驚かされる。
 生命編では、高度の集団活動を営むアリや渡り鳥に心はあるのかという答えなき問いまで提示される。
 著者は物理学者で、物知りで、おまけに詩人である。高知暮らしが長いせいか、話を盛りがちな県民性を受け継いだサービス精神に溢れた文章も楽しめよう。
    ◇
 ぜん・たくじゅ 1958年生まれ。高知工科大教授(量子力学、数理物理学、社会物理学)。『エキゾティックな量子』。