- 茶聖(伊東潤、幻冬舎)
- 按針(仁志耕一郎、早川書房)
- 東京、はじまる(門井慶喜、文藝春秋)
千利休が切腹した理由は、これまでも多くの作家が描いてきた。弟子たちの視点で利休切腹までを追った『天下人の茶』を発表した伊東潤が、新たに利休に挑んだのが『茶聖』である。
豊臣秀吉と手を組んだ利休は、茶の湯を使って天下を静謐(せいひつ)に導く戦いを始める。だが肥大化を続ける秀吉の欲望が、二人の関係を悪化させてしまう。
文化が題材なので、著者が得意とする迫力の合戦シーンはないが、狭い茶室で秀吉を始めとする戦国武将たちと対峙(たいじ)する利休が、凄(すさ)まじい心理戦を繰り広げるところは、静かながら圧倒的な緊迫感がある。利休の政治工作が、戦国の有名な事件を引き起こしたとして歴史を読み替えていくのも面白い。
利休は文化の力で静謐な世を作ろうとするが、それは万能ではなく時に手を汚すこともあった。この展開は、文化で社会を動かすには何が必要なのかを問い掛けており、考えさせられる。
仁志耕一郎『按針』は、日本に漂着し徳川家康の家臣になった英国人ウィリアム・アダムス(日本名・三浦按針)の数奇な人生を描いている。戦国の土木工事に着目した『無名の虎』などを発表している著者らしく、当時の航海術や造船術が丹念に描かれており、技術小説としても秀逸である。
ウィリアムらが持ってきた大砲の力も使い天下人になった家康は、貿易で国を豊かにするためウィリアムを相談役にする。プロテスタントのオランダとイギリスが、カトリックのスペインを猛追していた時代。日本人になることを求められたウィリアムが、グローバル経済と宗教対立の中でアイデンティティを模索するところは、国家と個人の関係や宗教とは何かなど普遍的なテーマを掘り下げており印象に残る。
門井慶喜『東京、はじまる』は、日本の近代建築の基礎を作った辰野金吾を主人公にしている。『家康、江戸を建てる』を書いた著者が、東京の誕生に着目したのは必然といえるだろう。
金吾は多くの名建築を残したが、本書は日本銀行と東京駅の建設を取り上げている。そのため貨幣の統一と鉄道網の整備が近代国家になったばかりの日本の重要な課題だったことや、その国家的なプロジェクトを任された金吾の偉大さもよく分かるのではないか。
ただ本書は単なる偉人伝ではない。下級武士の家に生まれ、時代の要請で否応(いやおう)なく建築家になったがゆえに、名家出身の曾禰(そね)達蔵を過剰に意識したり、ヨーロッパで最新技術を吸収するも、大御所になるとさらなる新技術を学んだ若手に批判されたりする等身大の金吾が活写されているのである。金吾の葛藤は働いていれば誰もが感じるものだけに、共感が大きいはずだ。=朝日新聞2020年4月22日掲載