小さい希望に一瞬出会うような作品に惹かれる
――漫画やイラストのお仕事を始めたきっかけを教えてください。
もともとイラストを趣味で描いていて、インターネット上でpixiv(ピクシブ)やTumblr(タンブラー)で公開していました。それを見た編集者の方に「漫画を描いてみないか」とおっしゃっていただいて、初めて描いたのが『107号室通信』(2016年)でした。
『107号室通信』を描いていた頃は、会社に勤めていたんですけど、今はイラストと漫画の仕事をメインで食べています。
――『107号室通信』は「植物」「収集」「記憶」「宇宙」の4つのテーマで、オリジナルの短編18作が収録されていました。今回は童話作品の漫画化ですね。
ほとんどがもともと自分が好きな文学作品でした。海外の児童文学も候補に挙がっていたんですが、今回はあえて「日本の作品でまとめたらどうか」という話になったんです。
――なぜでしょう?
1冊にまとめる時、日本の作家に絞ったほうが、本の流れとしてまとめやすいという話になりました。
(日本と海外の作品は)湿度感が違うと感じます。日本の作家のほうが、叙情的で湿度のある作品が多い。日本の近代作家、たとえば太宰治などは、湿っぽいじゃないですか。日本の気候や風土が反映されている。外国の童話は石の町の中で書かれていて、ちょっと空気感が違うんですよ。
――特にどういう作品に惹かれますか?
作者の内面世界とつながっている物語、作者の思っていることが反映されているような物語でしょうか。(内面世界を反映せずとも)ある一定の起承転結があってうまい短編はたくさんあると思います。それよりも自分の経験や記憶に裏打ちされた物語群というイメージです。
みんなどこか寂しさや孤独を抱えて生きている。そこで一瞬すれ違う夢みたいなもの。小さい希望に一瞬出会うような作品に心惹かれる気がします。
忘れられていく寂しさと、忘れ去られる安心
――タイトルを「光と窓」としたのはなぜでしょう?
単行本にまとめるにあたって、担当編集者と相談して決めました。お互いにモチーフを出し合った時に「光」と「窓」という言葉が出てきました。今回の作品はそれぞれ光というか、明るいものや美しいものを称えている。それを自分の小さい窓から眺めているようなイメージがありました。
――カシワイさんにとって「光」と「窓」はどのような存在でしょう?
光は生きていく上で一瞬それがあるということが分かって、生きていくための道標になる。そういうものです。窓は直接触れられない、外の美しい世界を内側から眺めている。その小さい枠のようなものですね。
――本書では「闇」も描かれていました。「小さいやさしい右手」(安房直子)で、少年のような姿の「魔物」が鎌で手を切られてしまい、真っ暗闇の世界に閉じこもります。「ひとつの火」(新美南吉)では、暗い夜道で灯した火が手渡されていきます。「闇」があるからこその「光」なのでしょうか?
光の中で光を描くのではなくて、孤独で寂しく暗闇を通っていく中で、遠くに光がある。そこでとりあえずまた一歩進もうとする。そういうイメージがあります。
――カシワイさんは時間が経つことで失われていくようなものを描いていると思いました。前作では、朝起きるとタンポポが絶滅してしまっている話や、建物がなくなった空き地の前で佇んでいる話などありました。そういう儚いものに惹かれるのでしょうか?
それもあると思います。忘れられていく寂しさと、忘れ去られる安心の両方がある。今、いろんな人が生きていて、「美味しい」とか「失敗した」とか、いろんなことを感じている。別に記録に残さなければ、そのまま過ぎ去って、ないものとして忘れ去られる。それを書きとめるのもまたいいと思うし、忘れ去られていくのもまたいいなあと思っています。
――カシワイさんご自身は印象に残っている過去の記憶はありますか?
小学校低学年の頃、みんな外で遊んでたんですけど、だんだんみんな塾や習い事が始まってしまって、遊んでくれる人がいなくなって。自分は塾とか行ってなかったので本当に暇でした。学校から帰った後に、とりあえずノートを持って、外に行っていました。公園で雑草を見たり、雲の形を見たり、アリに砂糖をやってその様子を見たりしていました。暇だからこそできる無駄なことをひたすらやっていました。
そういう昔の記憶を(漫画やイラストを)描く時に思い出すことが多いです。たとえば「ごびらっふの独白」(草野心平)で、(学校の帰り道で)前を歩いていく2人が並んでいて、後ろでひとりずっと雨の降る様子を見ているとか。そういうことが昔にあったような気がするなと思いながら描きました。
日常の延長線上にある空想の世界
――カシワイさんは読書が好きだったそうですが、特に漫画を描くにあたって、どんな作品の影響を受けたと思いますか?
安房直子さんはすごい影響受けたというかずっと好きですね。日常の延長線上で、不思議なところに行く。その空想世界を生き生きと書いています。特に色彩の書き方がとても美しいと思います。「夕日の国」でも「砂漠が夕日で真っ赤だった」と書けばいいところを、原作では夕日が「ひなげし」(花の名前)の色だったと書いています。結構独特な表現が多く、色彩にはこだわっていたのかなと思います。
あとは「小さいやさしい右手」のように、暗くて寂しい部分も書いた上で、優しくて少し希望を持った世界を書いている。大人になって読んでも心惹かれます。
――宮沢賢治「注文の多い料理店」の序文が最後に収録されていました。宮沢賢治もお好きですか?
宮沢賢治は生前に2冊しか単行本を出していなくて、そのうちの1冊の童話短編集『注文の多い料理店』に書いた序文なんです。
農学校の先生をされていて、生活者として東北の自然を愛していた。一瞬の木の煌めき、地層で発見される美しい鉱物など、自然への眼差しに惹かれます。生きていくリアルとはまた違ったもうひとつの世界を、同じ目を通して見ている。その世界も本当で、必要なものだと信じている。そういう眼差しから出てきた物語が、すごい素晴らしいと思います。
――コロナウイルスの影響で、家から出られない日々が続いていますが、どのような思いで生活していますか?
今、生きている誰もが経験したことのない事態の中で、終わりの見えない不安を抱えています。次々と舞い込む知らせに疲れをおぼえ始めます。こういう状況の中で、私が言える言葉は何もないけれど、これからも描き続けるので見ていてもらえたらと思っています。