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重松清「ひこばえ」 「いない」がゆえ 芽吹くつながり 朝日新聞書評から

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月16日
ひこばえ 上 著者:重松清 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:小説

ISBN: 9784022516718
発売⽇: 2020/03/06
サイズ: 20cm/373p

ひこばえ 下 著者:重松清 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:小説

ISBN: 9784022516725
発売⽇: 2020/03/06
サイズ: 20cm/345p

「ひこばえ」(上・下) [著]重松清

 長谷川洋一郎のもとに、ある日突然、父親の訃報(ふほう)が届いた。金銭トラブルで48年前に母と離婚して以来、ずっと音信不通。当時小学2年生だった洋一郎にとっては記憶もおぼろげな存在だ。
 火葬に立ち会ってくれたアパートの大家や遺骨を預かる寺の住職と会っても、洋一郎の胸には何の感慨も浮かばない。むしろ「お父さまは」「息子さんが」という言葉に違和感を覚えてしまう。父が暮らした部屋を見ても、まったく父の像が浮かんでこない。「男はつらいよ」のDVDや釣りの雑誌が並ぶのを見て、そんな趣味があったのかと初めて知った。
 だが、遺品を見ているうちに、そして生前の父を知る人々と会う中で、洋一郎の気持ちに少しずつ変化が現れて……。
 本書は、重松清の代表作である『流星ワゴン』や『とんび』の系譜に連なる、父と息子の物語だ。だがこれら二作と違って、本書に父は登場しない。大方が予想するであろう、ダメな父を息子が見直すといった話でもない。ここにあるのは父の〈不在〉であり、相手が〈不在〉のまま続く関係が本書のテーマなのである。
 タイトルのひこばえとは切り株から出た若芽のこと。「孫生え」とも書く。切られた樹木は自分から生えて育つ若芽を見ることはできない。死んだ父が、息子の成長した姿や孫を見ることができなかったように。だが人の営みとはその〈不在〉があってこそつながっていくのだと、本書はさまざまなエピソードを通して描き出す。
 父の訃報と同時期に洋一郎に初孫が誕生する。まさにひこばえそのままだ。他にも、彼が施設長を務める老人介護施設での出来事、離れて暮らす母、息子に先立たれた夫婦の話など、〈不在〉と向き合う複数の家族の形が並行して登場する。ユーモラスな場面も辛(つら)い場面もある。だがその〈不在〉からひこばえが芽吹く描写に出会う度、涙腺が緩んだ。
 家族だけではない。末期癌で余命僅かな女性は介護する若者たちの心に種を撒く。若きライターは老齢の取材対象に食らいつく。さらに言えば、人だけでもない。父の遺品にあった、原爆で家族を亡くした松尾あつゆきの句集が洋一郎の心を揺さぶり、さらに彼の息子がそれを読んで涙をこぼす。時代を超えて池波正太郎が読み継がれたり、古い童話が復刊されて図書館に置かれたりする。そうやって何かが受け継がれる様子を、著者は親しみやすい筆致で綴る。本は連綿とひこばえを育て続ける株だ。そして私たちは皆、誰かのひこばえなのである。
 〈不在〉という名の〈存在〉が愛おしくなる。従来の家族小説とは一線を画す継承の物語だ。
    ◇
 しげまつ・きよし 1963年生まれ。作家。91年、『ビフォア・ラン』でデビュー。2001年、『ビタミンF』で直木賞。14年、『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞。近著に『どんまい』『木曜日の子ども』など。