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「ザシキワラシと婆さま夜語り」書評 『遠野物語』語り部の文学的洗練

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月16日
ザシキワラシと婆さま夜語り 遠野のむかし話 著者:佐々木喜善 出版社:河出書房新社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784309028811
発売⽇: 2020/04/17
サイズ: 20cm/276p

ザシキワラシと婆(ばば)さま夜語り 遠野のむかし話 [著]佐々木喜善

 『遠野物語』成立のいきさつは、民俗学者・柳田国男が遠野に住む佐々木なにがしの話を「一字一句をも加減せず」感じたままに書いて柳田の名前で発表したというもので、後に柳田の代表作として、また今では日本の名著として広く知られている。
 その語り部は、地元の無教養な素朴で無垢な男によるものとばかり思っていたら、彼は上京して哲学館(東洋大学)に入学、後に早稲田に転学。泉鏡花、三木露風らと交流、何編かの文学作品を発表。だが晩年は病気がちで不遇な死をとげている。
 本書には柳田の『遠野物語』の原作者佐々木喜善が蒐集(しゅうしゅう)した膨大な遠野の昔話の中から、二つのテーマに分類され編集されたものが紹介されている。柳田は佐々木は話し上手ではないと言うが、その語り口はなかなか整理された言葉で、さすが文学の徒として洗練されているように思うけど。『遠野物語』に於(お)いても、柳田は「一字一句」加減せず書いたと言っているくらいだから、語り部としても文才はあったのでは。『遠野物語』の原作はいうまでもなく、佐々木である。にもかかわらず彼の名は表舞台には現れない。柳田の見事な文語体が文学作品として高く評価されたせいであろう。現代なら佐々木が著者で柳田がゴーストライターってことになるんじゃないかな(笑)。
 まあ、こんな下世話な臆測が本書のテーマではない。柳田民俗学の評価は、彼の言語感覚と、誰も疑問視しなかった西洋近代主義に対する反時代的戦略を貫き通した点にある。近代が見逃している怪異世界をつきつけて、西洋にかぶれる眠れる魂を目覚めさせた。もうひとつの『遠野物語』である佐々木の『ザシキワラシと婆さま夜語り』をぜひ読んでみていただきたい。
 あゝ、僕達は子供時代、こんな世界と隣り合わせにあった。帰れればいま一度あの時あの頃に帰りたい。
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 ささき・きぜん 1886~1933。岩手県土淵村(現・遠野市土淵)生まれ。民俗学者、伝承採話者。