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「デザイン」を磨く精神的支柱に 松屋代表取締役社長執行役員・秋田正紀さんの本棚

時代の旗手たちに学ぶ美意識の鍛え方

 松屋は2019 年11月3日に創業150周年を迎えました。百貨店は経営環境が厳しいと言われますが、その根底には業態の同質化があるように思います。しかし松屋は、銀座と浅草という立地の魅力に加え、「デザインの松屋」という独自性を育んできました。その一つが、日本デザインコミッティーのサポートです。日本デザインコミッティーは1953年に丹下健三氏、清家清氏、岡本太郎氏、柳宗理氏ら15人のメンバーによって創設。松屋を拠点に60年以上にわたり国内外の「よいデザイン」を紹介しています。近年はデザインという言葉がモノだけでなくコトの分野でも幅広く使われるようになっており、150周年の先の成長を見据え、接客サービスや店舗環境においても「デザインの松屋」を打ち出しています。

 この思いに自信を与えてくれたのが、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』です。2017年に著者の山口周さんを存じ上げないまま講演を拝聴し、まさに我々がやろうとしている話だと驚き、本書を求めました。「経営の意思決定が過度に分析や論理に振れると、正解のコモディティー化や差別化の消失を招く」「生産性や効率性といった外部のモノサシではなく、美意識という内部のモノサシを鍛えることが重要」「ストーリーや世界観はコピーできない。その形成には高い水準の美意識が求められる」。こうした指摘を社内で共有したいとの思いから、売り場のマネジャーやバイヤー約200人を集め、山口さんをお招きして講演もしていただきました。本書は、同氏の『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)と合わせ、今の私の精神的支柱となっています。

 『イノベーション・スキルセット 世界が求めるBTC型人材とその手引き』は、イノベーションを生むためのスキルとしてデザインにフォーカスし、BTC(ビジネス×テクノロジー×クリエイティビティー)に通じる人材の育成などについて書いています。著者は、日本デザインコミッティーの若手メンバーで、気鋭のデザインエンジニア・田川欣哉さん。面白かったのは、ジャッジの力を鍛えるための「付箋(ふせん)トレーニング」。デザイン系の雑誌などを見て、自分がいいと思うものに青の付箋、ダメだと思うものに赤の付箋、よくわからないものに黄色の付箋を貼るというもので、「センスがない」のバロメーターは、黄色の付箋の多さだそう。私は2019年2月に現代アートで知られる直島を歩いたのですが、解説がなければ理解できない作品もありました。でも、むしろ解説抜きで自分なりの感覚を磨いた方がいいのではと、今は思います。本書は芸術の楽しみ方も広げてくれました。

自社の独自性が強みであると再確認

 『百貨店の進化』は、経済学者の伊藤元重さんが、成長型産業から成熟型産業に変化した百貨店の新しい動きについてまとめています。例えば「外商」はC2B(コンシューマー・トゥー・ビジネス)であるという指摘。松屋のお客様は目が肥えていらっしゃるので、お客様に育てていただけるという側面があります。お一人おひとりのニーズが、何にも代えがたい財産だということです。自社の独自性を改めて確認する読書となりました。

 2019年10月に松屋銀座で「伊集院静展」を開催しました。数年前から担当者が切望していた企画で、周年の節目に実現。この機にエッセー集『大人の流儀』シリーズを初めて読みました。正直なところ、最初は少し気むずかしい方なのかもと思っていたのですが、文章は人間味にあふれ、筋を通す大人の男という感じもして、たちまち引き込まれました。今では憧れの存在です。

 最後は、大好きな東野圭吾さんの作品。映画『麒麟の翼』を見て原作を手に取ったのをきっかけに過去の作品も読み始め、他の読書を犠牲にするほどハマってしまい、しばし“封印”したほどです。そんなある日、『危険なビーナス』がふと姉から回ってきて、あっさり封印を解くことに。これもやはり面白く、裏の裏を推理していく東野ワールドを堪能しました。自分なりにキャスティングを想像するのも東野作品の楽しみで、本作の主役は大森南朋さん、主役が引かれていく女性は長澤まさみさんをキャスティングしてみました(笑)。

 他にも司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』(文春文庫)など好きな本はたくさんあります。私は本も映画も人と感想を語り合うのが好きで、前にいた会社では読書会を主宰し、同世代の仲間と課題図書を出し合い、語り合いました。文系の人も理系の人も混ざっていたので、自分では選ばないような本と出合う貴重な機会でした。懐かしい読書の思い出です。(談)

秋田正紀さんの経営論

 2019年11月3日に創業150周年を迎えた松屋。これを機に「デザインとは、気遣いです。」というワードを掲げ、様々な「実験」を展開しています。

デザインとは、気遣いです

 秋田正紀社長は32歳の時に、義兄の古屋勝彦・現名誉会長に誘われて松屋に入社。48歳の若さで社長に就任した。

 「百貨店の経営統合が進んだ激動の時期でしたが、他社との連携は考えませんでした。独自性の追求を重視すべきだと考えたからです。その翌年に起きたのがリーマン・ショックでした。世の流れで減益を免れることはできなかったものの、経営規模を大きくすることより独自性の追求を優先した選択は正しかったと、改めて確信しました」

 松屋が独自性として大事にしてきたのが「デザイン」だ。1950年代前半には、商品をデザイナーの視点で選定する「デザインコレクション売場」を設置。デザイナー、建築家、評論家などによって組織されるデザインコミッティーの活動を支え続けている。創業150周年を迎えた今年は、「デザインとは、気遣いです。」というワードを掲げた。

 「モノの造形だけでなく、便利に、心地よく、豊かに日々を過ごしていただくための“気遣い”こそがデザインであると定義し、あらゆる場面で『デザインの松屋』を発揮していきたいと考えています。これに際し、デザインコミッティーのメンバーでグラフィックデザイナーの佐藤卓氏をクリエイティブディレクターとしてお招きし、館内環境や、催事、販促物などのデザインの強化を図っています」

150周年を機に様々な「実験」を展開中

 創業150周年であった昨年は、創業記念日の11月3日を含む3日間に、木遣りやエレベーターガールの復活など、老舗らしい企画をそろえた「松屋の文化祭」を開催。アニバーサリー・イヤーの1年をかけて様々に展開する「実験」も行った。例えば、「いらっしゃいませ」という挨拶(あいさつ)をやめる実験。

 「売り場のクルーからは、『便利な言葉が使えなくて苦戦したが、コミュニケーションを工夫することでお客様との会話が弾んだ』などの反響がありました。私が販売員たちに伝えたのは、『売り上げよりも、まず私たち自身が楽しもう』ということ。それがお客様にもきっと伝わると思うからです。昨秋は、消費増税や天候不順が重なりましたが、『文化祭』は大盛況。ある販売員から、『販売の楽しさを思い出しました』と言われた時はうれしかったですね。他にも、銀座の歩道のタイルを毎日1枚ずつ掃除する取り組みなど、現場発のユニークな実験が進行中です」

 秋田社長は前職の鉄道会社では経理や人事を担当。松屋に入り、初めて接客・小売の世界を知った。経営者として多忙な現在も、時間を見つけては現場に足を向けている。

 「以前は私も店頭に立っていました。変わらず心がけているのは、お客様視点です。今、販売員はエスカレーターなどを使用しない決まりになっているのですが、私はあえてお客様と同じ動線をたどって売り場を眺め、“気遣い”ができているかどうか、肌で感じるようにしています。お客様が楽しくお買い物されている姿を拝見すると、それだけで幸せな気持ちになります。小売業の醍醐(だいご)味ですね」

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