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ソーシャルの戦闘 津村記久子

 五月の連休の終わりぐらいまでは毎日のように新型ウイルスの一日と累計の感染者数についてグラフィカルに表示するサイトを見ていた。まず東京都の人数を把握して、あとちょっとだ! と思ったり、居住している大阪府の人数を見て、そうなのか、と思ったり、その他気になる県を参照して、おお、とか、よし、と思ったり。競い合っているとは思わないのだが、なんだかスコアを眺めているような気分になってくる。「数が少ない」ということを良いとする競技は、ぱっと思いつくものだとゴルフだ。打数が少なければ少ないほど良かったんじゃないか。

 十分に手を洗うためには「ハッピーバースデートゥーユー」を二回歌うべし、ということを知ったあたりから、今回の新型ウイルス感染拡大という状況は「数字」から切っても切り離せないのではないかと思うようになった。誰もがこんなに毎日ある共通の「数字」を気にする日々は今までなかったように思う。

 数字を出されると、目標を達成したくなる。それに慣れてくると、それを上回り(今回の場合は下回り)たくなり、さらにその数字の質にこだわり始める。ある日「手の洗えていないところ」について説明する画像を見かけた。洗えているところは黄色、あんまり洗えていないところはオレンジ、要注意なところは赤で示されている。赤いところは親指全体、と人差し指、中指の先だ。なんだと! とわたしは身を乗り出した。まるでその赤い部分に悪魔が住んでいるように見えた。わたしは猛然と親指全体と人差し指、中指の先を洗い始めた。「洗えていない手の図」は、ゲームの中でもらう地図のように思えた。

 ソーシャルゲームが流行(はや)って久しい。私もやっている。自分一人が物資を抱え込んでいてもどうしようもない局面というのがある。そういう時はプレイヤー同士協力し合って乗り切る。ウイルスの感染拡大は、本当の意味でのソーシャルな戦いだ。協力し合って勝ちたいものだ。=朝日新聞2020年5月27日掲載