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武内涼さん「源平妖乱 信州吸血城」インタビュー 時代の転換期、吸血鬼は現れる

文:朝宮運河 写真は武内涼さん提供

これまでにない和風の吸血鬼小説を!

――『源平妖乱 信州吸血城』は、平安時代の日本に吸血鬼が存在した、という大胆な設定の伝奇小説です。このアイデアはどのように生まれたのでしょうか。

 担当の編集者さんから、思いきり、けれん味のあるエンタメを書いてほしいという思いをひしひしと感じました。それでひらめいたのが「時代小説に吸血鬼を絡めたら」というアイデアでした。

 吸血鬼が出てくる時代小説はいくつかあるのですが、多くは江戸時代や戦国時代を舞台にしています。もっと時代をさかのぼったら、これまでにない和風の吸血鬼小説が生れる気がしました。舞台を平安時代末期にしたのは、日本史の大きな転換期だったからです。政治の実権が貴族から武士に移り、貨幣経済が広まったことで貧富の差が大きくなった。一部の人たちが富み栄える一方で、庶民は苦しい生活を強いられます。21世紀に通じるような社会問題が、噴出していた時代だったんです。

――吸血鬼自体への興味関心はどのあたりから?

 映画が好きなので、フランシス・フォード・コッポラ監督の「ドラキュラ」や、ジョン・カーペンター監督の「ヴァンパイア 最期の聖戦」など、吸血鬼を扱ったコンテンツにも数多く触れてきました。それらの影響で、いつかは自分も書いてみたいと思っていましたね。

 そもそも吸血鬼の物語が受け入れられるのは、時代の大きい転換期や、繁栄の陰が意識される時代である気がします。吸血鬼は時代の影が呼び起こした怪物、という気もするんです。豊かな社会に潜むさまざま矛盾が露わになっている現代でも、きっと吸血鬼小説は受け入れられる。そう思って、強い関心を持ってきました。吸血鬼好き、時代小説好き、どちらの方も楽しめるものを書いてみたつもりです。

義経はなぜ、日本人に愛されるのか

――吸血鬼といえばやはり本場はヨーロッパ。しかし作中で〈血吸い鬼〉などと呼ばれる大陸渡来の吸血鬼は、日本の風景にもマッチしていますね。

 実は、血を吸うものの言い伝えは日本各地に残されています。たとえば酒呑童子は血で作った酒を飲んだといいます。九州には磯女という生き血を吸う妖怪もいますよね。東欧のヴァンパイアのイメージとは異なりますが、これらの鬼や妖怪だって吸血鬼と見なすことが可能です。

 これは使えると思ったのは、ヴァンパイアは香が苦手という東欧の伝承です。なるほど、平安朝の人びとがお香を焚いていたのは、吸血鬼除けだったのかと(笑)。こんなまことしやかな嘘を書けるのも、伝奇小説の醍醐味です。

――主人公・源義経は、平家打倒を心に誓う若武者。後に源平の合戦で大活躍することになる日本史上のヒーローを、どんな気持ちでお書きになりましたか。

 源義経はなぜこれほど日本人に愛されるのか、あらためて考えてみました。一般には悲劇的な最期や、戦の天才であったことなどが理由に挙げられますが、それだけではないと思います。

 当時の武将は、平家にしても木曾義仲にしても、都で略奪蛮行をしているんですね。兵糧を確保するためという事情があったにせよ、京の住人から財産を奪っている。しかし義経はそうした行為を固く禁じています。兄である頼朝と対立して都を追われる際も、都の人や物には手をつけず、整然と退去していった。こうした立派な振る舞いが都人の喝采を浴びた、と記録にも残されています。

 義経は幼少期から寺に預けられて苦労していますし、肉体労働をしていた時期もある。庶民の痛みや苦しみを、実感として理解できる武将だった。そしてそれこそが今日まで続く義経人気のルーツではないでしょうか。このシリーズでは、見過ごされがちな義経の本質を、きちんと書いていきたいと思っています。

――義経と共闘し、悪しき吸血鬼を狩るのが〈影御先〉と呼ばれる集団です。山伏や商人に姿を変え、全国を旅するこのグループにモデルはあるのでしょうか。

 吸血鬼の本場・東欧には、クルースニックやダムピールと呼ばれる吸血鬼ハンターがいたんです。芸能者のように各地を放浪しながら、吸血鬼と戦っていたという資料を読んで、日本の山伏を連想しました。山伏も独自のネットワークを持ち、加持祈祷をおこなっていたわけですからね。

人里離れた土地に〝大魔境〟を作りあげる

――史実の間を縫うように、血湧き肉躍るファンタジーが描かれる。そんな虚実のバランスも絶妙でした。

 そう言ってもらえると嬉しいです。現実に縛られない自由さが、伝奇小説の醍醐味と思います。しかし百パーセント想像で作りあげてしまうと、どこか入りこみにくくなってしまう。史実を適度に織りまぜることが、伝奇を書くうえでは大切だと思っています。

――『源平妖乱 信州吸血城』の舞台となるのは信州。平安京を描いたシリーズ第一作『不死鬼 源平妖乱』とはまた違った不気味さが漂っていますね。

 戦前の作家・国枝史郎に『神州纐纈城』という小説があるのをご存じですか? 富士山麓に纐纈城と呼ばれる怪しい城があって、覆面の城主が住んでいて、血を搾り取る……という伝奇小説です。私はある方に薦められて読んで、こんなに面白い小説があったのかと衝撃を受けました。今回の舞台が信州なのは『神州纐纈城』の影響。人里離れた土地に、自分なりの〝大魔境〟を作りあげてみたかった。タイトルがよく似ているので、気づく方はすぐ気づくでしょうね(笑)。

 平安時代は未開の自然が、いたるところに広がっていたはずです。中世以前の怪異譚に大蛇や大ムカデなどのスケールが大きい妖怪がよく出てくるのも、自然の荒々しさの象徴でしょう。この作品では自然描写を織りまぜながら、深山幽谷の怖さや怪しさも表現できたらと思いました。

――物語前半、義経たち一行は〈長者屋敷〉と呼ばれ領民から恐れられている巨大な屋敷に足を踏み入れます。この屋敷の地下室を描いたシーンが、また怖いですね。

 地下迷宮が好きなのでつい書いてしまいます。子どもの頃に熱中したゲームブックや、『ゲド戦記』などのファンタジー小説の刷り込みでしょうね。それに地下迷宮は日光が差さないので、吸血鬼の根城にはちょうどいいんです(笑)。

――本書から登場するのが、武芸に秀でた若武者・木曾義仲。飾らない気質の義仲は、義経とも親しくなります。

 ご存じのとおり義経と義仲は、後年対立することになります。そんな二人だからこそ印象的な物語が書けると思い、義仲にも吸血鬼を狩る側に加わってもらいました。前作から〈影御先〉のメンバーとして登場している巴は、『平家物語』などで知られるあの巴御前です。義仲と巴の出会いはどんなものだったのか、自分なりに想像を膨らませて書いてみました。

社会は名もなき人びとに支えられている

――残酷童話テイストの序章から、手に汗握るクライマックスまで、全編読みどころともいえる展開ですが、武内さんが特に気に入っているシーンは?

 下人頭に虐げられていた少女を、義経たちが救うというシーンです。この時代の持つ歪みや、それに対して義経がどう振る舞うのか、この先戦いがどちらに向かうのか、というシリーズ全体の世界観が集約されたシーンだと思います。吸血鬼が出てくるわけではないですが、個人的にはとても思い入れがあります。

――英雄だけでなく、名もなき庶民も歴史の担い手である、という視点はデビュー作以来一貫していますね。こうした視点はどこから来ているのでしょうか。

 自分自身がまさに一般庶民ですし、作家になる前は映像制作の現場でとても不安定な暮らしを送っていたので、自然とそういう視点が入ってくるんでしょうね。この本で義経が「お前が米を食う、芋を食う、椀をつかう、その米や芋や椀は……誰がつくりしものか?」と言っています。これはコロナウイルスの感染が広がる前に書いたセリフですが、当時も今も社会は見えない人びとの沢山の営みによって支えられている。そうした無数の仕事に携わる人びとに感謝すべき、というのは日々思っていることです。

――文庫本の帯には〈『魔界転生』『妖星伝』『帝都物語』の興奮を再び!〉とのコピーが踊っています。それぞれ山田風太郎、半村良、荒俣宏による伝奇小説の名作ですが、これらの先行作は意識されていますか?

 意識しています。すごいビッグネームと並べていただいて、畏れ多いんですけど(笑)。特に敬愛しているのは山田風太郎先生。『甲賀忍法帖』などの作品に漂う絶望感には、読むたびに圧倒されます。自分もああいう話を書いてみたいと思うのですが、とても真似ができません。平安ものということなら、夢枕獏先生の『陰陽師』も大好きですね。これらの傑作に近づけるよう精進していきたいです。

目を覚ますと、体の上に赤茶色の幽霊が……

――ところで、これまで多くの妖怪・怪物をお書きになってきた武内さんですが、実際に怪しい思いをしたことはありますか?

 一度だけ、「ひょっとしてあれは……」という体験があります。大学時代、一人暮らしをしていたアパートで寝ていると、いきなり金縛りに全身が動かなくなったんです。うっすら目を開けると、赤茶色でぼんやり体が透けた女の人が、私の首をぐいぐいと絞めていました。怖くてしばらく目を閉じていると、いつの間にか消えていましたが、一体何だったんだろうと。

 その後、社会人になって職場でその話をしていたら、ある人が「その幽霊って茶色くなかった?」と真顔で聞いてくるんです。そうだと答えると、「自分も同じようなものを見たことがある」と。その瞬間、ぞっと鳥肌が立ちました。夢かなと思っていたものが、突然リアルな存在になった気がして。一度きりの経験ですが、あれは怖かったですね。

――そんな体験談をお持ちとは……! 義経一行の冒険はまだまだ続きそうですが、「源平妖乱」シリーズの今後のご予定は。

 三巻までは必ず出すつもりです。次回は京都、近江と舞台を変えながら、これまで以上に激しいバトルが展開します。今回あまり出番のなかった静も、たっぷり登場する予定ですよ。おそらく今年中にはお届けできるので、ご期待ください! そこから先は状況次第ですが、許されるのなら邪悪な吸血鬼を交えた源平の合戦、そして義経の最期まで書き継いでいきたいですね。

 源平時代に現れた闇の吸血鬼と戦うシリーズ。源平という時代の面白さと、怪奇アクション、この二つが魅力と思います! 義経も大活躍します。時代小説好き、義経好き、吸血鬼好きの皆さん、自分で言うのも何ですが、面白いです。どうかお読み下さい。