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「人、場所、歓待」書評 疎外から尊厳への条件と処方箋

評者: 石川健治 / 朝⽇新聞掲載:2020年06月20日
人、場所、歓待 平等な社会のための3つの概念 著者:金 賢京 出版社:青土社 ジャンル:社会学

ISBN: 9784791772759
発売⽇: 2020/04/24
サイズ: 19cm/289p

人、場所、歓待 平等な社会のための3つの概念 [著]金賢京

 直球の本である。主題の選択といい参照された文献といい、我が身も通ってきた道なれど、ど真ん中過ぎてたじろぐほどだ。しかし、ここに真正の〈問題〉があるのは、間違いない。
 国家を「国民、国土、国権」の三要素からなる社団と定義するのが今なお通説的見解だが、本書が示す平等社会の構成要素は「人、場所、歓待」である。「国民」は国家構成員としての、「人(サラム)」は社会構成員としての、それぞれ身分であり役柄だ。その承認を求めて「人間」たちが闘争の末かちとったものだが、周縁には常に疎外された存在がいる。
 承認されなかった「人間」は、国家や社会から排除され、「場所」が与えられない。隔離と侮辱は表裏一体。誹謗中傷は場所排除の論理であり、「座り込み」「占拠」が抵抗の形式となるのは必然だ。「場所」こそが人間としての尊厳の絶対条件なのである。階級間の距離が遠ざかるほど、その格差が見えなくなる逆説。不可視化されるホームレスと動物福祉の如き社会政策。それら格差社会が心に負わせる傷。場所移動を否定したコロナ禍を含む、内外情勢に対する本書の説明能力は頗(すこぶ)る高い。
 これに対して著者が示す処方箋は、「歓待」それも「絶対的歓待」である。決してやわな理想論ではない。ホスピタリティーとは敵視や排除と背中合わせだ。しかし、それを承知で手を差し出す第三者の存在が、人と社会をつくる。『永遠平和のために』のカントは、主権国家と国際関係を超える世界市民社会の原理を、ホスピタリティーへの法的権利のなかに求めた。現代社会の道徳の基礎は宗教ではなく絶対的歓待の原理だ、と著者は断言する。
 人類学者の作品だけに、哲学的な骨格は生き生きした事例で肉付けされている。そうした著者の問題意識は、女性としての場所喪失の感覚を、黒人との対比において語る「付録」で明かされるが、予断抜きに本書を読むのが正道だろう。
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キム・ヒョンギョン 1969年生まれ。人類学者、社会学者。延世大講師。仏社会科学高等研究院で博士号。