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『自前のメディアをもとめて』『「勤労青年」の教養文化史』 制度・流行になびかぬ在野の系譜 朝日新聞書評から

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2020年07月04日
「勤労青年」の教養文化史 (岩波新書 新赤版) 著者:福間良明 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004318323
発売⽇: 2020/04/19
サイズ: 18cm/296p

自前のメディアをもとめて 移動とコミュニケーションをめぐる思想史 [著]田村紀雄/「勤労青年」の教養文化史 [著]福間良明

 「在野」ということばが、誇らしく、輝いて見える時代があった。
 70年代、大学生のあいだで既成の学問の枠をこえた民俗学や民衆史への興味が高まり、「自分史」が流行語になり、企業広告に頼らない硬派の技術誌が理工系の学生にも愛読された時代である。
 今回ふたつの本を手に、はからずもあのころを思い出した。
 『自前のメディアをもとめて』は、足尾鉱毒問題をめぐる庶民の情報伝達に「民衆言論」の回路を見る『明治両毛の山鳴り』や、在米日系人社会の日本語新聞に注目した「移民学」などで知られた著者の、インタビュー形式による半生記。東京経済大で長く教鞭をとり、同大のコミュニケーション学部創設時は文部省(当時)相手の設置業務と学部運営の激職をつとめたベテランの大学人でもある。
 しかしその学風には明らかに「在野」の気配がある。主たる研究対象が庶民のガリ版通信や手紙、ローカル新聞といった「野」の素材というだけではない。
 自身も高校卒業後に働きながら独学し、大学入学後も編集プロダクション業務や企業の社史を請け負うフリーのライター仕事をこなしつつ、30歳過ぎで「思想の科学」へ投稿した論文をきっかけに研究者の道へ転じたという。80代後半のいまも「社会学者、ノンフィクション作家」と併記される肩書に、絶えることない在野精神がうかがわれるのである。
 他方、『「勤労青年」の教養文化史』は戦後まもなく「デモクラシー」への期待とともに高揚した「大衆教養主義」の行く末をたどる歴史社会学者の新著。
 メディア史が専門の著者は、農村青年や集団就職の若者が愛読した人生雑誌を分析し、「進学組と就職組に、ただ家が貧しいからというそれだけの理由で分けられ、差別された」若者たちの「くやしい思い」の発露をたどる。
 その興隆を論じた前著の続編にあたる本書は、高度成長下の60年代から「教養」への憧れがすたれゆくさまを跡づける。同時期の定時制高校の退潮に目を配り、雑誌メディアと実生活の落差もふまえて今日の格差社会の源を探ろうとする問題提起も傾聴に値しよう。
 その上で、この問題意識のかたわらに「思想の科学」などへの投稿から出発した在野の系譜を配してみたら、と思う。
 著者が教養の衰退を見る60年代から70年代は、実は組織雇用の数が自営業を上回った時期だった。「在野」が輝いて見えたあのころは「野」が圧迫され、社会の管理が進む時代だったのだ。
 その流れに抗し、易々(やすやす)と制度にも流行にもなびかなかった在野の知性の系譜を、いま私たちは絶やしてはなるまい。
    ◇
たむら・のりお 1934年生まれ。社会学者、ノンフィクション作家。東京経済大名誉教授。著書『川俣事件』など▽ふくま・よしあき 1969年生まれ。立命館大教授。前著は『「働く青年」と教養の戦後史』。

※「自前のメディアをもとめて」の購入問い合わせは編集グループSURE(電話075-761-2391)へ