1. HOME
  2. イベント
  3. 音楽業界の変化から考える出版の未来 音楽プロデューサー・今井了介さんトーク 第2回好書好日サロン(後編)

音楽業界の変化から考える出版の未来 音楽プロデューサー・今井了介さんトーク 第2回好書好日サロン(後編)

文:篠原諄也、写真:斉藤順子

>今井了介さんトークイベント・前編はこちら

好書好日オンラインサロン 第2回

「音楽業界は衰退していない」

秋吉:音楽はこれまでレコード、カセットテープ、CD、MD、MP3など常に記録媒体が変わったので、ユーザーもデジタル化の波をを受け入れやすかったんですかね。

今井:そうですね。便利さを伴う進化でした。「MP3が嫌い」と言うオーディオマニアの方はいらっしゃいますけど。MP3で聴いたから急に歌詞が悪くなるわけじゃない。伝えようとした内容が変わるわけではない。だから作る我々からすると、実はメディアは本当は何でもいいんです。

 ただよく音楽業界は産業としては衰退していると言われます。おっしゃる通りで、関わる人が減っても成り立つような業界になっちゃったわけです。でも音楽業界自体はまったく衰退していない。それをひとつ証明できる方法があるとしたら、音楽が使われている量は全然減ってないんです。JASRACの徴収する額や音楽の使用料などを徴収する音楽出版社の産業規模は全然減っていない。

「音楽が本当に好きな人だけで回るようになった」と、音楽業界の現状を語る今井さん

 秋吉さんはDJをやっているから分かると思うんですけど、90年代は(ショップが)象徴的にイケてたじゃないですか。当時のタワレコ、Manhattan Records、CISCO、HMVとか。そこに行って、新しい情報をゲットすることが楽しかった。夜中にクラブに行って、DJがかける最新の音源を聴く。インターネットがなかった時代に、社交場として成立していた。アーティスト、芸術家、ダンサー、作曲家がいた。総合的に皆が情報収集していた場がサロン的にあった。今は知識を得るだけだと、もちろんインターネットのほうが早い。

 という意味で、役割が変わったんだなと凄く思います。特にショップがガラッと減った時は、凄く寂しい気持ちにはなったのはよく覚えています。タワーレコードも世界各国で閉店が相次ぎました。本国の米国では倒産していて、日本は別の法人で残っているんですよ。象徴的に何か時代が変わった感じが強くするので、音楽産業の未来を憂う人もいっぱいいると思います。

 でもデジタル化のトランスフォーメーションで言うと、レコード業界にいた人もそこに見切りをつけて、実はLINE MUSIC、AWA、Spotifyなどで働いてたりする。皆違った形で音楽業界に携わっていらっしゃる。言われているほど本当は悲観的じゃなくて。本当に好きな人、精力的に動いている人たちだけで、本当に必要な人数で回っていくだけで、自然淘汰されていくのかなと感じています。

DJもこなす秋吉さん。クラブの話で、さらに熱を帯びたトークに

秋吉:僕もクラブでDJがかけている曲の曲名が知りたいときは、ターンテーブルの側まで行ってレコードのラベルをジーッと見てました。必死に回っているレコードを目で追いながら(笑)。

今井:そうそうそう、お皿を出し入れするジャケットを目に焼き付けて帰って。翌日、レコファンに行って自分で必死で探したり。店員さんに「こんなジャケットのこんな曲なんですけど」と聞いたり。

秋吉:昔はコンテンツを手に入れるまでに、凄く時間がかかりましたよね。今はShazam(周囲で流れている音楽の曲名を表示するアプリ)などスマホアプリですぐに何の曲か分かって、しかもそこで買えたりもする。デジタルの波がきて、ユーザーとしては便利なんですが。

今井:そうですね。僕も秋吉さんもカメラ好きじゃないですか。不便だけど凄くいいカメラってあって。1枚撮るのに本当に絞りを合わせて、ピント合わせて、1枚撮るのに15秒かけてカシャみたいな。普通の今のコたちからすると、ただの不便でダメなカメラなんですけど、1枚に対する入魂度は高い。

 ずっと探してたあの曲が「やっと聴けた!」「やっと買えた!」みたいなのがなくなった分、その分サイクルが早まったり、1曲1曲に対する念みたいなものよりも、数で勝負みたいな風になっている瞬間もあるのかなと最近思いますね。

「文章の作品も、同じようにデジタルで発表できる場がもうちょっと増えるといいのかな」と語る今井さん

秋吉:音楽をやっている方から見て、デジタルの本というのはどうですか?

今井:多分、書店がレコード店に当たるとしたら、リアルな紙を刷ることだけにすべての精力を使うのは、存続はなかなか難しいのかもしれないですけど。最近、僕は逆に紙の本が特に好きで。音楽だとアナログ版が結構今売れてるんですよ。だから手に持つテクスチャーの強さもある。

 今は例えば、デジタルを使って、洋服ではデザインTシャツやペイントTシャツがあります。昔は一生懸命版下を作って、出来上がるのに3週間とか1ヶ月もかかったのが、今だと1週間以内にすぐ届くみたいな。そういうカスタマイズがどんどんできるようになっている。本もそういうデジタル化の便利な所を取り入れられたらいいのかなと思います。

 あと、本はきっと権利が複雑なんですよね。音楽も複雑ながらも、若い子たちは自分の力で YouTubeなどで発表できる。文章の作品も、同じようにデジタルで発表できる場がもうちょっと増えるといいのかなと思います。

「音楽家の無力さ」を強く感じて

秋吉:今井さんは(音楽のお仕事だけでなく)「ごちめし」「さきめし」といったサービスもされていますね。

今井:「さきめし」という言葉を聞いたことのある方はいらっしゃいますか?今年のコロナ禍の中で「先払いで応援しよう!」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。

 「さきめし」のベースになった「ごちめし」のお話からしましょう。去年の秋にスタートしたウェブサービスアプリです。たとえば、遠方にいる両親に「結婚記念日おめでとう」と地元の美味しいレストランに行ってもらう。友人に「誕生日おめでとう」とごちそうをする。店に一緒には行けないけれど、先に会計をするかたちでごちそうするサービスです。

 「ごちめし」を始めた理由は、東日本大震災の時に、音楽家の無力さをめちゃめちゃ感じた経験です。皆さんも「自分に何ができるんだろう」と問うたんじゃないかと思います。3月の東北は寒いです。そんな中で震災が起きた。衣食住で皆が困っている。届く物資があったとしても、冷たいおむすびしかない。もうちょっと温かいものを食べたいなあと思う。

 もちろんエンターテインメントは、音楽を作ることは、人の生活や精神を支えるすごく大切なものだと思います。でも社会にコミットして生きていく大人として、衣食住にまつわるサービスを何かやりたいなとずっと思っていました。そんな中でスタートしたのが「ごちめし」でした。

 そしてこのコロナ禍にあって「何か社会に対してできることはないかな」と今年3月に始めたのが「さきめし」です。「ごちめし」は誰かに食べに行ってもらう。食べに行ってもらう相手を未来の自分に置きかえたのが「さきめし」です。

飲食店を先払いで応援するプロジェクト「さきめし」。今井さんが経営するGigi株式会社が、サントリーホールディングス株式会社と連動して展開中

 「この店のこの味が好き」「あのご主人にお世話になった」など、皆さんもぜひ生き残っていてほしい、と、思い入れのあるお店があるのではないでしょうか。そうしたお店を少しでも応援することができないかと思って始めました。多くの人の気持ちにマッチしたのか、とてもご好評をいただいています。そんな「さきめし」「ごちめし」といった、飲食店サービス業の応援をしています。

出版業界の未来について

秋吉:少し前にインスタグラムでホロコーストの時代を映像で表現した作品が凄く話題になりました。(eva.stories)それを見た時に、映画に携わっている人は「ああ、こういう方法があるんだ」と気づいたと思います。いわゆるZ世代と言われている人たちは、生まれた時からスマートフォンがあって、回線が早い時代に生きている。ソーシャルメディアが当たり前の環境で育っているので、ソーシャルメディアを使って書いたものを発表する場所を与えたりとか。そういったことはあるのかなと思いました。

今井:本の内容を歌ってヒットしている子たちがいますよね...!?(参加者からYOASOBIと)そうでした。YOASOBIはこういう価値観の人がいて、若者がそういう曲をいいと思っている。曲だけ見ると...と僕なんかが言うと語弊がありそうで良くないんですけど。本を読んでから曲を聴く面白さって本当にあるなと思いました。書く前に本を読む習慣が若い子に減っているのは、なんか増やしてあげるポイントがあったらいいですよね。

秋吉:ずっと音楽の世界で生きていらっしゃる今井さんから見て、出版に関してご意見はありますか。こんなことやったら面白いなど。

今井:今でも本を書くまでに出版社さんと話するでしょう。それって音楽でいうと「メジャーのレコード会社と話さないとCDが出せない」みたいな時代だと思います。もっと圧倒的に本を出しやすい状況が作れないですかね。Kindleのような電子書籍でもいいし、紙でもいいですけど。音楽は元々影も形もないジャンルだからこそ、デジタルトランスフォーメーションしやすかったと思います。とはいえ電子書籍だってあるわけなので。YOASOBIのように、SNSなどで総合的にひとつの作品を盛り上げるような。イージーなとは言わないですけど、入りやすい入り口があるといい。

 僕も今回もぴあさんから『さよなら、ヒット曲』という本を出させてもらいました。以前から本を凄く書きたいなと思っていても、なかなか実現しなかった。それは出版社さんが納得しないと進まないからです。でももし自費出版をもっと簡単にできて、書店さんにディストリビューションできる仕組みがあったら、もっと早く実現してたと思います。例えば音楽業界ではメジャーレコード会社でなくても、ディストリビューションだけやってくれる会社があるんですよ。エイベックスさん、ソニーさんなど。所属アーティストじゃなくても、ディストリビューションだけをしてくれるんですよね。そこでヒットを生み出して、面白い時代にしようぜと思っている人たちがいると、本の読まれ方が変わると思います。

 あと「俺は才能ある」と信じていて、本を出したい人は出版社に何度もお願いしに行かなきゃいけない。そうじゃない状態になると、もっと新しい才能が芽生えやすいのかなと思います。総合的にSNS及びデジタルの製本まで、凄く簡単にできるようになったら、風穴になるんじゃないかなと思います。

>今井了介さんトークイベント・前編はこちら