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本屋大賞・凪良ゆう「流浪の月」 「常識」では表せない切実な絆

 発表時、驚きと興奮で久しぶりに出版界がザワついた、本屋大賞受賞作である。

 主人公、家内更紗(かないさらさ)の人生は、九歳のときに一変した。自由で愛情深い両親と別れ、母方の伯母の家へ引きとられた更紗は、ほどなく誘拐事件の被害者となったのだ。犯人として逮捕されたのは十九歳の青年、佐伯文(ふみ)。公園で「うちにくる?」と声をかけられた更紗は、そのまま文のマンションで暮らし始めた。

 約二ヵ月後、更紗は出先で保護されたが、ロリコン大学生に誘拐された小学生が警察官に抱き抱えられ泣き叫ぶセンセーショナルなその場面は、居合わせた人々の携帯電話で撮影され、世界中に拡散されていった。

 一度押された「傷物にされたかわいそうな女の子」というスタンプは、歳月が過ぎ、更紗が成人してからもついてまわる。

 そんななか、事件から十五年、二十四歳になった更紗は、偶然、文と再会するのだが――。

 描かれていくのは、世間の「常識」の範疇(はんちゅう)にはない、更紗と文の関係性だ。被害者と加害者、男と女、いつ、どんな角度から見た言葉でも表せないふたりの切実な絆が胸に迫る。

 本来、本屋大賞は「売り場からベストセラーをつくる」べく、全国の書店員がいちばん売りたい本を選ぶ、という趣旨ながら、近年は既に売れている本が選ばれている印象があった。しかし、凪良ゆうは、男性同士の恋愛を描くBL(ボーイズラブ)作家としてのキャリアはあるものの、一般文芸では本書が初の単行本。歴代受賞者に比べ知名度は高いとは言い難い。

 それでも受賞に至ったのは、純粋にこの物語を届けたいと、多くの人が心から願った結果なのだ。それほどに、本書には心を動かす力がある。

 事実は真実と同じではない。ひとつの物事に対する主観と客観は大きく食い違うことがある。

 「世間」という私たちが生きる「世界」の居心地の悪さの正体は何なのか。考え続けたい。=朝日新聞2020年7月18日掲載

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