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石原慎太郎が自らの「死」と向き合った作品集「死者との対話」書評 知の侮蔑の果て 責任が主題に

評者: 石川健治 / 朝⽇新聞掲載:2020年07月25日
死者との対話 著者:石原慎太郎 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163912059
発売⽇: 2020/05/11
サイズ: 20cm/189p

死者との対話 [著]石原慎太郎

 米寿を前にしても、著者の創作意欲は全く衰えをみせない。若き日の会心作「ファンキー・ジャンプ」の時代に「俺は戻るぞ」と宣言して、「今一番痺(しび)れて興味がある」「最後の未知」「最後の未来」としての「死」の主題に取り組んだのが、本作である。表題作を含む7本の短編を収める。
 「死線を超えて」は、「私自身への責任」から「今私が内側に抱えている厄介なるもの」について記した、生涯「唯一の私小説」である。「死んだ後おこがましく俺についてあれこれ言われるのは小癪(こしゃく)でかなわない」という自意識が、小説方法論における禁を破らせたのだ。他でも随所に創作上の秘密を明かしている。
 「暴力計画」では、インパール作戦の老・牟田口中将に対し、「人間の世界の条理としての責任の履行」を求めて戦後に銃口を向ける。「噂(うわさ)の八話」では、名門湘南中学から海軍兵学校への進学を夢見た「私」に、戦争/占領への「胸が焦げつくほど」の憎しみを語らせる。「海」と「ヨット」をめぐる叙述は、爽快かつ躍動的で余人の追随を許さないが、「東京の田舎者」や「陸の上でさまざまな仕事にかまけて気を張り急ぐ並の人間」への軽侮の念を隠さない。
 その一方で、本書の登場人物は幾度も「薄く」笑うのが特徴だ。死への「いまいましい程(ほど)の焦慮」と同時に、「恐れとも焦りともつかぬ」「はかなさ」が全編を貫く。現世に生ずる「真空の空間」としての「カマイタチ」の喩えは卓抜だ。死の虚無は決して喪失ではない。触れれば、こちらの肌が切れ、血が流れる。
 かつて三島由紀夫は、著者の初期作品が「すべて知的なものに対する侮蔑の時代をひらいた」と評した。より正確には、知性の知性に対する「内乱」だ、と。学問/政治/憲法に向けられた、その後の侮蔑と内乱の軌跡は、三島の慧眼(けいがん)を証しだてる。対して本書で浮上した「責任」の主題は、どう深められてゆくのか。今後も著者から眼が離せない。
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いしはら・しんたろう 1932年生まれ。作家。『太陽の季節』で芥川賞。運輸相など歴任。1999~2012年東京都知事。