1. HOME
  2. インタビュー
  3. 「未来の学校のつくりかた」税所篤快さんインタビュー 理想の教育はどこ?探し続けて見えたもの

「未来の学校のつくりかた」税所篤快さんインタビュー 理想の教育はどこ?探し続けて見えたもの

文:小沼理 写真:斎藤大輔

1本の映画が興味に火をつけた

――税所さんは2009年にバングラデシュを拠点に、現地の教育を支援するプロジェクトを立ち上げ、以後海外を中心に活動をされていましたが、なぜ日本の教育現場を見てみようと思ったのでしょうか?

 まず簡単に僕の経歴をお話しすると、19歳の時に坪井ひろみ先生の『グラミン銀行を知っていますか―貧困女性の開発と自立支援』(東洋経済新報社)という本を読んで感動して、バングラデシュにあるグラミン銀行を訪ねてインターンとして働くことになりました。

 現地では村人たちに困っていることを聞いてまわる仕事をしていたのですが、「学校の先生が足りていない」という話をよく聞いたんです。そこで、僕が高校生の頃に通っていた塾の、DVDで授業を行う方式を参考に、映像で教育を支援する「e-Education」プロジェクトを立ち上げました。

 しばらくはバングラデシュを拠点にパレスチナ、ガザ、ルワンダ、ソマリランドなどをまわって教育支援を行っていたのですが、紆余曲折あって25歳で日本に帰国しました。そのとき、「日本の教育現場のことって実はよく知らないな」と気づきました。バングラデシュの教育には詳しいのに、自分が生まれた日本の地元の学校で何が起きているのか、ほとんど知らなかったんです。それなら、日本の教育現場を探求してみよう。そう思ってすぐ知り合いの編集者に相談し、月刊誌『教職研修』で、この本のもとになる連載をはじめました。

――きっかけとして、大阪市にある市立大空小学校を追ったドキュメンタリー映画「みんなの学校」に感銘を受けたそうですね。

 大空小は本当にすごいんですよ。2006年に開校したまだ新しい学校なのですが、他校では“問題児”とみなされてしまうような児童でも、特別な学級にくくられることなく、他の子どもたちと同じ教室で学んでいるんです。「みんなの学校」を見て、「日本にこんな学校があったのか!」と衝撃を受けました。

 最初は、大空小の当時の校長だった木村泰子先生のもとで修業したいと思ったんです。ちょうど木村先生の講演会が三重県であったので、現地に押しかけて「かばん持ちにしてください!」と頼みました。かばん持ちはやっぱり断られましたが(笑)、じっくりお話をうかがう機会をいただきましたね。それでこの連載は、大空小の取り組みからはじめることになりました。

学校は“あるもの”ではなく“つくるもの”

――大空小の章では「学校は“あるもの”ではなく“つくるもの”だ」という、木村先生の発言が印象的でした。

 大空小では子どもも教職員も、「サポーター」と呼ばれる保護者も、当事者として学校づくりに関わる意識を持っています。「学校は誰がつくってるの?」と聞いたとき、大空小の児童なら1年生でも自分自身を指差す、と木村先生は話していました。加えて、何が子どものためになるのかが徹底的に考えられている。大空小には未来の学校のあるべき姿があると感じました。

――税所さんからみて、木村先生はどんな人ですか?

 今でも半年に一度くらいのペースでお会いしているのですが、会う前に一抹の怖さを感じる人です(笑)。本音でしゃべっているか、建前を言っていないか、すぐに見抜かれちゃうので。

 本の中では、新たな小学校の設立に20年近く反対していた地域住民を、木村先生の一言で覆した、といったパワフルなエピソードを紹介しています。こういったダイナミックな一面がある一方で、とても細やかな気遣いを常にしている人でもありますね。些細な変化を見逃さず、相手を自然にフォローできる人だと思います。

――大空小の木村先生の他にも、地域と学校のあり方を広く考える東京都杉並区教育委員会の井出隆安・前委員長、角川ドワンゴ学園が運営する通信制高校のN高など、幅広い教育の現場に足を運んでいます。取り上げる学校はどのように決めたのでしょう?

 「その時々でわくわくしたところへ行く」という基準で取材場所を決めています。連載開始時にロードマップがあったわけではありませんでした。

――好奇心を第一に取材を進めていったんですね。読んでいると、税所さんが取材をしながらわくわくしている感じがすごく伝わってきました。

 そう言ってもらえて安心しました(笑)。この本に登場する5つの教育現場のリーダーが全員とても魅力的だということは、僕は自信を持って言えるのですが、書きながら「僕の文章よりも、先生方の生身の語りのほうが面白いんじゃないか?」と常に悩んでいたんですよ。

 それから「現場の先生方のやる気を奪うような内容にはしたくない」と、いつも担当編集者と話していました。素晴らしい活動をしている人を紹介すると、「こんな風に頑張っている人がいるのか」と刺激を受ける半面、「それに比べてうちの学校は……」と思ってしまう可能性もあります。そうならないように、現場で頑張る人たちに勇気や希望を与えるものにしたいと考えていましたね。

誰も「正解」を持っていない

――全部で5つの教育現場を取材していますが、連載を終えて、それぞれに共通するものはありましたか?

 どこも取り組んでいる内容は全然違うけど、貫いている信念のような「根っこ」の部分が共通していると感じました。具体的には、目の前の子どものことを何よりも優先して考えることや、大人のほうが子どもから学ぶ姿勢、地域ぐるみで学校を作っていこうとする意識などです。

 みなさん「正解」を持っていないことも共通点でした。「こういう時はこうすればいい」といったマニュアル的な判断をせず、その場で起きたことをよく見て、その都度ベストな解を紡ぎ出そうとしていましたね。

 あとは何より、どの人も強い覚悟をもって臨んでいることでしょうか。たとえば5章でお話をうかがった、岩手県大槌町の教育委員会で教育専門官を務める菅野裕太さん。菅野さんは東日本大震災が発生してすぐ、東京の仕事をやめて被災した大槌町に飛び込みました。地震と津波で街全体が壊滅的な被害を受けた大槌町の教育復興に一から携わり、現在に至るまで9年間も情熱を注いでいます。

 一箇所に留まって、腰を据えて活動を続ける強さはただものではないですよ。菅野さんは僕の大学時代の一つ上の先輩で、一時期は同じ教育系のNPOで活動していたこともあるのですが、僕だったら菅野さんのように、その土地の教育復興の意思を貫くことはできなかったと思います。

 正直、彼らの熱い気持ちに触れるたびに、いかに自分が中途半端に生きているかを痛感して自信をなくしました。それぐらい圧倒されたんです。だからこの本を出す時も「こんなに素晴らしい事例を、自分なんかが本にまとめていいのかな」と後ろめたい気持ちがありました。でも、取材を通して何より僕自身がたくさんの気づきを得たし、これを伝えられるのは現時点では僕だけだと思って、世に出す覚悟を決めました。

――公立校が多く紹介されているのも特長だと思いました。「いい教育を受けさせたい」と思うと私立やインターナショナルスクールが選択肢に浮かびますが、誰もがその選択を取れるわけではありません。公立校のこうした取り組みを知ることで、学校教育を諦めていた人が希望を持てると思います。

 熊本に渡辺京二さんという、僕が敬愛している思想史家の方がいるのですが、渡辺さんも「先生というものに期待をしたことがなかったけど、ここに登場する先生たちはなかなかのもんだね」とおっしゃっていました。その感想はとてもうれしかったです。

「自分が学校をつくる!」と思っていたけれど…

――この本では、未来の学校を考える上で「2030年の学校」をキーワードに掲げています。税所さんが考える、2030年の学校像はどんなものですか?

 実はこの取材をはじめた時は、「最終的には自分がすげえ学校を作ってやる!」って息巻いていたんですよ。この本を企画書代わりにして、2030年に本当に学校を作りたいと考えていました。でも、連載をするうちに「すでにこんなに頑張っている人がたくさんいるんだから、自分がゼロから作る必要はない」と考えが変わっていきました。

 すでに学校には純然たる価値があって、日々教育と向き合いながら子どもや学校に関わる人が幸せになれる方法を追求している人がたくさんいます。僕は彼らの加勢ができればそれで十分。この本がその一助になればと思っています。

――その価値とは?

 実は、本を書き終えたあとでまたさらに考えが深まっているんです。今は学校とは「通過儀礼」がある場所なのではないかと思っています。

 先日、哲学者の小林康夫さんを招いてこの本の出版記念イベントをオンラインで開催しました。そこで、小林さんに「ここには君が考える“未来の学校の作り方”が書かれていないんじゃないか?」と指摘されたんです。それを受けてその場で改めて考えたとき、頭に『ゲド戦記』のことが浮かびました。小林さんが最近書かれた『若い人のための10冊の本』(ちくまプリマー新書)という本の中で『ゲド戦記』の小説版を紹介していて、それが記憶に残っていたんだと思います。

 『ゲド戦記』は、アレンという主人公がハイタカという師匠の賢者と旅をする中で成長していく物語です。そこでアレンはハイタカのことを尊敬したり、「この人本当に大丈夫か?」と疑ったりするのですが、それって先生と生徒の人間関係そのものですよね。

 他にも、学校ではいい先輩との出会いや恋愛、裏切りなど、さまざまなことが起こります。僕が自分の学校生活を振り返った時、そんな風にクラスルームですったもんだした人間関係こそが、いちばんの血肉になっていると思ったんです。社会の一端で生きるための通過儀礼を、時に厳しく、時に優しい環境で体験させてくれるのが、これからの学校に求められていることではないか……。そう話すと、小林さんはとても納得してくださいました。

 そしてそうした「通過儀礼」が大切なのだとしたら、30年前の学校も、2030年の学校も、本質的には変わらないのだと思います。今の学校教育では頑張らなくていいところを頑張りすぎている部分があって、それは見直す必要がある。また、余力があれば新しい画期的な取り組みに挑戦してもいい。でも、「そもそも学校には何が必要なんだっけ」と原点に立ち戻ることが、未来の学校を考えるうえで一番大切なのではないかと思いました。

――ご自身も子育て中とのことですが、個人的な体験を通じて教育への見方は変わりましたか?

 そうですね。連載中に息子が生まれて父親になりました。もうすぐ2人目も生まれます。環境の変化の中で、「自分の子どもが通うかもしれない」という視点で学校をみるようになりました。

 子育てをしている方がこの本を読むときは、自分の子どものことを考えながらになると思います。そのとき、大空小をはじめとする取り組みを知ることができたら心強いですし、保護者や地域住民としてこんな風に学校づくりに参加するやり方があるんだ、と気づくこともできますよね。

PROMOTION