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「科学の人種主義とたたかう」書評 優劣の主張めぐる研究者の攻防

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2020年09月12日
科学の人種主義とたたかう 人種概念の起源から最新のゲノム科学まで 著者:アンジェラ・サイニー 出版社:作品社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784861828102
発売⽇: 2020/05/25
サイズ: 19cm/351,39p

科学の人種主義とたたかう 人種概念の起源から最新のゲノム科学まで [著]アンジェラ・サイニー

 「人種」とは、人間を生物としての差異を持ついくつかの集団に区分することができるとする考え方である。単に区分できるだけでなく、その集団間に優劣があるという含意をほぼ常に伴っている。「人種」を区分する指標は、外見、祖先、血液型、遺伝子など、歴史の中で移り変わってきた。優劣についての指標もまた、文明や健康、「知能」など、時に応じて揺れ動く。
 「人種」間の優劣を証明したい人々、すなわち人種主義者によって、科学は利用され続けてきた。人種主義者は多くの場合、権力や財力を手にしており、自分たちが属すると信じる「人種」の優位を科学の装いのもとで主張することにより、他の集団への支配や迫害、殺戮(さつりく)を正当化してきたのである。植民者が先住民を、奴隷所有者が奴隷を、ナチスがユダヤを、カースト上位者が低位者を、そして「白人」が「黒人」を。
 科学者の中にも「人種」に取りつかれた人々はおり、その信念についてのいかがわしい研究成果を公表するための媒体を自ら作ることもある。彼らに権力者や大企業から資金が流れ込むこともある。そうした地下水脈が地表に噴出した例がトランプ政権である。特定の「人種」に効くとされる薬の発売など、商売にも「人種」は利用されてきた。
 しかし、科学は「人種」を否定することにも貢献してきた。何万年にも及ぶ歴史の中で、人類は移動しながら複雑に絡まりあうルーツを作り上げてきた。集団内の差異は集団間のそれよりもずっと大きい。「人種」とは、そのような現実に貼られた粗雑なレッテルにすぎない。
 著者は世界各国に散在する多数の科学者へのインタビューにより、科学と「人種」をめぐる攻防を、個別のトピックに沿って縦横に描いている。自身のインド系移民の子としての人生が反映された筆致は迫力に富む。前著『科学の女性差別とたたかう』と併せ読むことをお勧めする。
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 Angela Saini 英国の科学ジャーナリスト。オックスフォード大で工学の修士号。英紙などに寄稿。