1. HOME
  2. 書評
  3. 「活動の奇跡」書評 対話できる場を生む公共の営み

「活動の奇跡」書評 対話できる場を生む公共の営み

評者: 長谷川逸子 / 朝⽇新聞掲載:2020年09月19日
活動の奇跡 アーレント政治理論と哲学カフェ 著者:三浦 隆宏 出版社:法政大学出版局 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784588130304
発売⽇: 2020/06/25
サイズ: 20cm/348,12p

活動の奇跡 アーレント政治理論と哲学カフェ [著]三浦隆宏

 『活動の奇跡』は、哲学者ハンナ・アーレント(1906~75)の政治理論である「政治の存在理由は自由であり、自由が経験される場は活動にほかなら」ず、「複数の人間のあいだに成立する」との思考を読み解く。その具体的な活動の姿である「哲学カフェ」という営みを、哲学者である著者の活動に絡め、取り上げている。
 アーレントは、古代アテネの市民たちと広場で哲学的な問答に明け暮れたソクラテスに影響を受けた。ソクラテスは、一般の人々に理性の源泉への道を切り開かせた一方、彼自身も自らの生を吟味することになる人々との対話を何よりも必要としていた。
 この流れをくむのが、哲学教師マルク・ソーテ(1947~98)がパリで自然発生的に始めた哲学カフェで、集う人たちが日常の言葉で優しく語り合い、今に続く新しい哲学を生み出した。その実践は著書『ソクラテスのカフェ』にも詳しく触れられている。この活動はその後、米国など世界各国へと広がっていった。
 私自身も、このような雑多な意見をまとめる場を長いこと開いてきた。
 大学院の授業では、建築を思考する「建築カフェ」を開いた。初めて公共建築コンペに入賞した時も、すぐに行ったのが利用者との自由な意見交換だった。こうした活動に意義を感じてきた。利用者やその土地の人と対話すれば集団的潜在力を引き出せるからだ。
 日本にはソーテらが実践したような場が少ないからこそ、家の中に小さな公共空間をつくる新しい動きがあることを評価している。本書にも紹介されているが、アサダワタルさんは、個人宅をちょっとだけ開き小さなコミュニティーを生む「住み開き」を提唱し、山崎亮さんも、「私」を少しずつ開くことで「公」が生まれるという意識から、人々がつながる場づくりを手がけている。公共の場のあり方がいま、多方で問われている。
    ◇
みうら・たかひろ 1975年生まれ。椙山女学園大准教授(倫理学・臨床哲学)。共著に『生きる場からの哲学入門』。