台風に備えて防災グッズをリュックに詰めていると、登山の準備に似ているなと思いました。アウトドア用のガスコンロを点検しながら、災害時の食事こそ、心豊かになれるものにできないかと考え、メスティンを購入することにしました。
昭和を彷彿(ほうふつ)させるアルミ弁当箱に持ち手が付いたような形状の、飯ごうです。炊飯だけでなく、煮る、焼く、蒸す、など用途は広く、専用のレシピ本は、近頃のキャンプブームの効果もあり、出版不況の中、かなり好調だそうです。
アウトドア用の丸い鍋は昔からあるのに、長方形になっただけでなぜこんなに人気が出たのか。
個人的な考えですが、額縁やキャンバスがそうであるように、バランスの良い長方形は、創作意欲をかきたてるのではないかと思うのです。弁当箱も然(しか)り。この限られた空間にワクワクする世界をいかに作り出せるのか。そう考えるだけ、他者の作品を見るだけでも、気分が上がってくるのです。実物を手にすると、ますます意欲が湧いてきました。
記念すべき最初のメニューは何にしよう。思案をめぐらせた結果、「鱧(はも)と玉ねぎの卵とじ」に決定しました。淡路島のスーパーには骨切りした鱧が売っています。メスティンに水を入れ、火にかけて、顆粒(かりゅう)だし、ひと口大に切った鱧と玉ねぎを入れ、煮立ったところで醤油(しょうゆ)で味を調え、溶き卵を入れて蓋(ふた)をし、数分蒸らせば完成です。千切った味付け海苔(のり)もパラパラとふりかけました。
淡路島を閉じ込めた!
インスタグラムをしていなくても、写真を撮ってしまいます。早速ひと口、ああ美味(おい)しい。汁を一滴残すのさえもったいない。あっというまに食べ終えて、メスティンを磨きながら、いい思いつきだったなと悦に入るのです。
災害時は手に入る食材も限られます。しかし、温かい食事は元気をくれます。その中に娯楽要素を取り入れるのは、不謹慎ではなく、むしろ大切なことではないでしょうか。=朝日新聞2020年9月23日掲載