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長谷川集平さんの絵本「ホームランを打ったことのない君に」 野球にも人生にも、大逆転がある

文:坂田未希子、写真:本人提供

絵本で野球を応援したかった

――6回表、1アウトランナー1・3塁。一発逆転のチャンス!「よーし」気合いを入れて打ったのは……ボテボテのセカンドゴロ。「もっとバッティングがうまくなりたい」と落ち込むルイに、蕎麦屋の出前持ち仙吉が声をかける――。長谷川集平さんの『ホームランを打ったことのない君に』(理論社)は、野球への愛、ホームランへの夢と憧れがあふれる作品だ。

 僕は日本の大衆スポーツはプロ野球とプロレスだと思っています。だから、プロ野球選手とプロレスラーをプロ中のプロとして尊敬しています。野球は漫画やゲームなんかには頻繁に出てくるんだけど、日本の子ども向けの本ではちゃんと描かれたことがないなと思って、だったら僕が描こうと。

 作品を構想していた頃は、プロ野球が危ぶまれていた時期でもありました。野球の人気がなくなったから1リーグ制にしようとか、大阪近鉄バファローズが消滅して、東北楽天ゴールデンイーグルスができたり。マスメディアは「これからはサッカーだ。野球はもうダメだ」って。でも、実は野球人口は増えていたんです。だから、野球を応援したい気持ちをマスメディアに対して絵本側からアピールしたいという想いもありました。

『ホームランを打ったことのない君に』(理論社)より

――長崎に引っ越したことも、作品誕生のきっかけになったと言う。

 関西生まれなので、ずっと阪神タイガースのファンで、アンチ巨人でした。阪神ファンは、負けるとすごく機嫌が悪くなるんです。阪神が弱い年は離婚率が高くなるって言われてるくらい。僕の父も大の阪神ファンで、負けた日は家の中が暗くなって、それがすごい嫌だったんです。でもアンチ巨人、アンチ東京で阪神を応援していました。1991年に長崎に来て、福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)の試合を見るようになって、99年に優勝するんですが、その年は奇跡的な試合がいっぱいあって、その試合を見ているうちにホークスのファンになりました。

 ホークスの試合は負けても楽しいんですよ。お客さんもすごく明るくて。九州人の地元愛は惚れ惚れするようなところがあって、僕にも少し九州の血が混じっているので、そういう部分でもすごくワクワクして。アンチ巨人でもなく、純粋にホークスのファンでいられる。それまで知らなかった野球の楽しみ方に感動して、その雰囲気も絵本に描きたいと思いました。

『ホームランを打ったことのない君に』(理論社)より

 でも、ラフを持って行ったら、編集者に出せないって言われて、次の編集者にも出せないって。その頃、岩瀬成子さんの児童書『小さな小さな海』(理論社)の挿絵を描いていて、編集担当の岸井美恵子さんに相談したら気に入ってもらえて、ようやく実現しました。岸井さんもホークスのファンだったんです。そこも大きなポイントでした(笑)

――そんな野球への愛が詰まった本作。「ホームラン」をテーマにしたのにも特別な想いがある。

 ホームランは誰でもが打てるものではないんです。僕も長く野球をやっていたけど、一度も打ったことがないし、一生に一度もホームランを打ったことがない人の方が多い。だから、ホームランバッターは特別な存在なんです。ちょっと努力したら打てるものでもなく、本当に才能のある人が、その自分を超えた時に初めてホームランが打てる。それは奇跡を見ているようなもので、芸術的なものを感じます。

 野球だけでなく、人生においてもほとんどの人がホームランを打ったことがない。タイトルは「ホームランを打ったことのないぼくらに」でもあるんです。でも、野球は大逆転があります。人生のように予測のつかないことが起こりやすいスポーツです。野球には戦術を超えた何かがある。その魅力も伝えられたらと思いました。

『ホームランを打ったことのない君に』(理論社)より

絵本は「宛名のない手紙」

――本作の中で、キーパーソンとなるのが蕎麦屋で働く仙吉だ。主人公にホームランを打つのは簡単なものではない、夢を諦めずに努力することの大切さを教えてくれる。

 最初の絵本を描いた頃から、両親や学校の先生とは違う価値観を子どもに与える大人を描きたいと思ってきました。仙ちゃんはわりあい上手く描けたかな。僕自身、そういう人にいろいろ教えてもらいました。僕のことを本当に叱ってくれたのも、心から褒めてくれたのも、両親ではなく叔父や叔母や他の大人たちでした。だから両親よりもその人たちの言葉が心に残っています。ほかにも、ああなりたいと思う人が10人くらいいて、真似しています。叱るときは本気で叱るし、話すときは子ども扱いしないように、一人の人間として向かい合いたいと思っています。周りからは変だって言われることもありますが、僕はそれでいい。変なおじさん役を引き受けたいなと思っています。

 僕の絵本は大人向けのように思われることもありますが、子どものために描いています。大人向けにも1冊描いていますが、それ以外は全部子どものために。子どもたちに、宛名のない手紙を書いているような感じですね。

『ホームランを打ったことのない君に』(理論社)より

――絵本以外にも、小説や評論などを手掛ける長谷川さん。絵には自信がないという。

 中学生の頃から詩を書いたり歌を作ったりしていました。その後、イラストレーターになりたいと思って絵の勉強を始めたのをきっかけに絵本作家になりましたが、絵は本当に自信がなくて。一時期、友だちに描いてもらっていたこともあります。

 『ホームラン』の頃は、精神的なストレスもあって、手が震えて真っ直ぐ線が引けなかったんです。それで、コンピューターで描くことにしました。何度でも修正しながら、真っ直ぐな線が引けると思って。1本の線を描くのにものすごい時間をかけて、1枚の絵に1週間。描いた後はぐったりしました。でも、そうやって描くことで新境地を拓けたし、手応えのある作品になりました。実力以上のものを出せた、絵本という形でのホームランになったんじゃないかなと思っています。大きな達成感を味わうことができました。

 これまで、僕はガチンコでやってきました。だから、ガチンコ勝負の絵本を読みたい時は僕の作品を読んでください。僕はカミさんと音楽もやっていて、ギターとチェロなのでよく「癒し系ですか?」って聞かれるんですけど、「違います、かき乱し系です」って答えています。絵本も同じです。絵本の99%が癒し系でいいと思うし、そうあってほしいと思っています。僕は、残り1%の「かき乱し系」。その1%がないと、世界はお菓子みたいになってしまうから。少しはピリッとしたものがないとね。