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黒ずくめファッションの生物学者・五箇公一さんに、コロナ禍の今「多様性」が重要なワケを聞く

文:土井大輔

生き方を根本から考える

――五箇さんを「TVで見たことがある」という人でも、具体的に何をしているのか知らない人も多いと思います。どんな仕事をしているのでしょうか?

 ざっくり言うと、環境政策の仕事です。ここは国立環境研究所ですから、環境省から予算をいただいて研究が行われている。一番大きな柱は地球温暖化対策、もうひとつが廃棄物の問題、いま話題になっているプラスチックなんかですね。それから「生物多様性保全」ということで野生生物の保護・管理。これが三大柱として研究が進められています。

 私自身は、生物多様性のプロジェクトで、外来生物の問題や野生生物のあいだで流行する感染症といった生態学的リスクの評価と、どう対策を立てるかという検討を行っています。

――五箇さんの周りに置かれているフィギュアは?

 自前のコレクションです。子供のころから怪獣とか恐竜が大好きで、それが脈々と息づいていて。「ゴジラ」シリーズのものが多くて、なかでも「キングギドラ」が好きなんです。

 このフォルムが好きで。3つの首にキンキラキンのボディ、大きな翼という堂々たるフォルム。しかも怪獣のなかで最強クラスとされる攻撃能力。まさに怪獣の王。ただ、映画のなかではいつも集団でいじめられて負けちゃうんですけどね。ひどいイジメですよ。「ゴジラ」映画の昭和シリーズでは、1回も1対1で戦ってないんですもん(笑)。

――著書には、五箇さんの専門である「ダニ」をCGで描いたものが掲載されています。それを見ると、ダニも怪獣っぽいですね。

 ダニはサイズが小さいので。昆虫になると、ある程度大きいから機能的な制約がでちゃうんです。重力に逆らえなくて、いろんなのがいるといえども異常に逸脱した形になれない。基本形態があまり変わらないんです。環境による淘汰が強くかかってくるんですね。

 ところがダニは体が小さいから、重力による制約をほとんど受けないんです。だからめちゃくちゃ変なやつが出てくる。体ひとつに足8本という原則は変わらないんだけど、フォルムとか毛の生え方が変わっているのがいて、「これ、なんか意味があるのか?」って言いたくなる。しかも拡大して見ると宇宙生物みたいで。それが面白いんですよ。

五箇さんがCGで作成したダニ「クワガタナカセ」(提供・五箇公一氏)

――今回の取材では、実際にお会いして話を聞こうと思っていたのですが、現在、研究所には関係者以外立ち入れないとのこと。どのような状況なのでしょうか?

 感染対策で、不要不急の業務では県外への移動を自粛するようにということで。調査なんかをのぞいて、会議とか学会はテレワークできるものはテレワークで対処する。実際問題、今回の新型コロナは「しゃべる」という行為自体が一番のリスクですから。

 もともとテレワークやオンラインは、地方分散型社会や自然共生社会を推進するうえで「ツールとして活用しましょう」っていうのが環境政策だったので、これを機に活用の幅を広げようというのも研究所のひとつの仕事でして。緊急事態宣言以降、ほとんど体制を変えていません。

――新型コロナが広まる前から、テレワークやリモート会議を押し進めるつもりだった。

 そうです。ライフスタイルとワークスタイルを変容させていきましょうと。新型コロナの問題は、地球環境問題と連動しています。人間が野生生物の世界や森林に対する破壊や侵食を推し進めたことで人とウイルスとの接触が増えてしまい、危険なウイルスがパンデミックを起こすようになっている。今回の新型コロナウイルスは、おそらく森に住んでいるコウモリとかセンザンコウのような野生生物に由来していると推測されています。

 そしてグローバル市場、サプライチェーン(=供給の経路)が、中国の「一帯一路」のように強大な経済潮流でつながっているなかで、中国で起きたことが、世界、特にヨーロッパや北米であっという間に広がって、経済も一気に低落する。

 一方向の流れのグローバル社会というのは、こういったリスクを生むということが今回、よりはっきりしたのです。このグローバル社会こそが温暖化や廃棄物の問題の原因にもなっていますから。環境問題の根本を解決するためには、今回の新型コロナをきっかけに、これまでの社会・経済体制の何が問題だったかということを分析して、生き方とか生活スタイルとかはどんどんと変えて適応していかなければなりません。

 本にも書きましたが、環境はころころ変わるから、人も生き物も常に進化し続けないと生き残れない。新型コロナの時代にどういう生き方をするかを根本から考えるんです。

個性・固有性が重要な資源になる

――考え方や生き方についても「多様性」を持っておく。

 そうです。結局、いろんな考え方をもっていないとアイデアは生まれないし、個人レベル、あるいは地域レベル、企業レベルでいろんな考え方や発想力を大事にして備えるようにして、いろんな対策をいつでも立てられるようにしておくことは、組織や社会を持続させる上ですごく重要な戦略でもあるのです。

 危機対策のみならず、新しい市場展開、新しい文化、新しい技術といった部分においても、多様性を尊重し、個性・固有性を活かすっていうことが重要な資源になるわけです。だけど、今の社会はそうではなくて画一的に物事が流れるようになってしまっていることで、環境変化に対するレジリエンス(耐久力)を失っている。

自宅にあるものも含めると5000くらいあるというコレクション(提供・五箇公一氏)

 僕がよく講演会で使う例え話なんですけど、『インデペンデンス・デイ』(1996年)って映画があるじゃないですか。続編じゃないほう。でっかい宇宙船に乗ってきた宇宙人が、地球の資源を略奪して滅ぼそうとする。地球の軍事力ではまったく歯が立たない。

 でも、そんなすごい高度な科学技術を持っている宇宙人が、結局、地球人の作ったコンピューターウイルスで宇宙母船が機能麻痺を起こして負けちゃうんだよね。「すごい科学技術があるのに、アンチウイルスソフトはないのか」って思うじゃないですか。でも、生物学的に考えたら起こりうるんです。

 なぜなら、彼ら宇宙人は軍隊として一直線にしか物事を見ていない。「他の星を征服する」という同一ベクトルで動かされているから、他の方向性に対する発想力がないんです。侵略・侵攻という部分で軍事力とか戦力は最大化することに成功しているけど、ズルしようとか、裏をかいて自分だけ得しようとか考える人材が存在する余地がないもんだから、組織のなかでコンピューターウイルスなんてものが進化しなかったわけです。作っても意味がないから。みんなが同じ方向を向くことが最大利益になるという社会。つまり多様性のない一方向社会だったんですね。

 ところが地球にはいろんなやつがいて、悪巧みをするやつもいるわけですよ。コンピューターウイルスを作ってみんなを困らせてやろうっていうのや、それに対してアンチウイルスを作って儲けてやろうとか、あるいはそういう行為は許せないという正義感で取り締まるべきとか。いろんな人がいるから、人間社会は進化し続けるんです。

――進化するためには、自分と異なる考え方を否定しないことが重要ということですか。

 議論を戦わせるのはいいんですよ。切磋琢磨しないと進化しないので。その考え方が良いか悪いかは、時勢によってまったく違ってきます。だから、いろんな考え方が生み出される土壌を大事にしなきゃいけない。多様性を否定する行為や活動は、まちがいなく人間社会を脆弱化させてしまいます。未来への資源を失うことになる。良くも悪くもいろんなやつがいるからこそ社会は進歩していくわけで。

 これは生態系も一緒なんです。どの生き物も、基本的には自分の遺伝子だけを広げてやろうと虎視眈々と他者の隙を狙って、足を引っ張りあってバランスをとっている。ひとり勝ちはできない。三つ巴のようにすべての個体がにらみ合いになって、すべてを制して自分だけが資源を独占することはできない。だからこそ環境の異変があっても、全体としてその「系」は生き残ることができる。誰かがダメになっても、どこかにそれを補うやつがいてくれるので。自然生態の「系」としての持続性は、多様性によって維持されてきたんです。

バルタン星人のジャケットに画家ダリのTシャツを着た五箇さん

人間は1匹で生きていけない

――多様性の対極にある「優生思想」については、本でその危険性を訴えられていますね。

 優生思想というのは、「劣った人間」ってラベルを人間が勝手に貼って、とにかくそれを排除しようと。争いが中心の時代だったら、強くたくましい男子、たくさん子供を産める女性が優れているという極めて動物的な発想で物事を考える。(紀元前の都市国家)スパルタみたいに、ずっと戦争する国ならそれでも結構ですけどねっていう。それでいいなら、そうしたら? って話なんですけど、そうじゃないでしょう、今は。文化とか経済といった部分で豊かになりたいというなかで今の社会があるんで。

 もっといえば「優れた人間」の線引きを誰がするんですか。僕もコンタクトレンズだし、あなた(=ライター)も眼鏡をかけている。動物学的に言ったら、この時点で負けているじゃないですか(笑)。すごい筋肉のあるレスラーだって、裸にしてジャングルに置いたらトラやライオンには勝てないですよ。それくらい人間の力には限界があって、ものすごく弱い。知性と理性をもって、なおかつ助け合うというコミュニティを作ることで人間という集団は今を生きているということを考えると、「どこまでが正常で、どこからが異常というんですか?」と。

――誰にも決めることはできない。

 人間に対する価値観を人間が決めるのは勝手ですけど、あんたが偉そうに言うほどあんたも優れた人間じゃないんですよって。だって、人間ほどしょうもない生き物はないですよ。弱くて、何の役にも立たないわけですから。人間ほどやわい生き物なんていないんです。でかい動物に襲われなくても、ジャングルで変な虫に刺されてウイルスにかかれば死ぬわけじゃないですか。

 だから見た目だ、身体能力だ、あるいは会話がうまい、下手とか、そういったレベルで人間の存在価値は線引きできるものではないんです。いろいろなタイプの人たちと一緒に生きていける社会を作れることが、ほかの生き物にはない人間の特性なのであって。要は1匹で生きていけない。みんながいるから生きているわけです。人間はほかの生き物以上に多様性というものに恵まれ、多様性に助けられて生きてきた、本当はとても弱い生物だったという現実を生物学的に捉え直す必要があります。