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「LGBTとハラスメント」神谷悠一さん・松岡宗嗣さんインタビュー 分かったつもりで同僚を傷つけないために必要なこと

文:吉野太一郎 写真:斎藤大輔

埋めたい非当事者とのギャップ

――ゲイ、レズビアン、トランスジェンダーなどLGBTと呼ばれる人は、世の中に3~10%いるという調査が多数出ています。まず、この本を出そうと思ったきっかけを教えてください。

神谷:法律ができるにあたって、いろんな企業や団体で研修や講演をする中で、「LGBT」という言葉は広まっても、実態はなかなか知られていないという認識のギャップを痛感することが多かったんです。たとえば当事者にとっては一世一代のカミングアウト(性的指向・性自認を他人にオープンにすること)一つとっても、単に「誰でも秘密はあるよね。それを打ち明けるんでしょ」程度の話と受け止める人もまだ多い。

 そのギャップを埋めないと、当事者の望まない暴露、すなわちアウティングが起きたとき、とんでもない対応になってしまう。あるいは担当者自らアウティングをしかねない。そうした細かな事例と背景を言語化しようと松岡さんと話し合い、主に企業の意思決定層や人事・総務担当の皆さんに届けようと思ったんです。

松岡:非当事者の勘違いをなくすこともそうですが、一方で当事者自身も、「SOGIハラ」やアウティングがなぜ問題なのか、被害を受けても反論を言語化できてないという声が多かったんです。この法律や本書をうまく活用して、自分たちの環境をより良くしてほしいという願いも込めました。

――当事者として埋めたい「認識のギャップ」には、どのようなものがありますか。

神谷:たとえば、ある飲み会で、その場の何人かにカミングアウト(性的指向・性自認を他人にオープンにすること)をしていた人がいたんですね。それを端から見ていた別の人が、全然違うグループの人たちに言ってしまったということがありました。カミングアウトは一人一人との関係性の中でするもの。そのグループにいない人にはカミングアウトできなかったかもしれなかった。

 「自分はわかってる、何でも相談を受ける」と言われて相談してみたら、実は全然分かっておらず、不用意に情報が漏れていつのまにか多くの人が知ってしまっていたということもよく起こっています。でも研修だと「それはアウティングなんですか?」と聞いてくる人もいるんですよね。非当事者の「分かっている」と、当事者の「分かっている」にはかなりのギャップがあることがお分かりいただけるかと思います。この背景には差別や偏見が根強く、一人ひとりとのカミングアウトの判断を都度都度迫られる状況、社会構造に課題があるわけですが。

「LGBT」という言葉は広まったけど…

――LGBTという存在もここ数年でかなり認知されてきましたが、世間の対応はまだまだ追いついていないんでしょうか。

神谷:同性パートナーへの休暇や福利厚生の制度を整える会社は増えてきたんですね。ただ、それを使うことは、自分が当事者であると宣言するようなもので、「使いたい」と言ったとたんにハラスメントを受けたり、異動を命じられたりする事例も聞かれるんです。

 不妊治療の休暇制度では、治療していることを部署にも言えないから、電子決済にしたり、ファミリーサポート休暇として「家族のことで休む」形にしたり、いろんな工夫がありますけど、LGBTに関してはまだまだ「作ってみたけど、誰も使わない」というところで止まっている企業が多いと思っているんです。

松岡:LGBTではない人のうち、世の中にLGBTという人たちがいること自体は9割が認知しているけど、自分の職場には「いないのではないか」「わからない」という人が7割にのぼるんですね。同性パートナーへの福利厚生制度を整えても、カミングアウトが必須である場合、当事者によっては利用することができず、結局「LGBTなんて周りにいない」と思われている。数値でも実感としてもすごくリアルに出ていると思います。

神谷:セクハラの時も「どこまでがセクハラなのか」とみんな動揺したんでよすね。昔と違って今は「セクハラ被害は女性が自分たちで対処してください」と思っている人は多数派ではなくなっている。社会は変わりました。そういった思いもあって「SOGIハラ」という言葉を提起したわけです。企業が組織的に対応するものという、認識の大転換を促したいという思いもありますね。

――LGBTを理解して手助けするつもりが、いろんなところで不備が露呈してしまう。ではどのようなアドバイスをしていきますか?

神谷:やっぱり会社が信頼されて、適切に対応できるということを見せていかなきゃいけない。「『ホモ』とか『オカマ』とか言わなきゃいいんでしょ」とNGワードだけを気にする態度とか、ゲイに「君は男性の気持ちも女性の気持ちも分かっていいね」と言ってしまう不見識な態度とか、当事者はそういうところをめざとく見て「あ、この人には何を共有しても、逆にひどい目に遭うだけだろうな」と感じてしまう。

 今回の法律では、病歴と性的指向、性自認と不妊治療のアウティングを社内規則で禁止しましたけども、介護を抱えている場合などのケースと一緒で、ポイントさえ分かれば対応も変わって当事者から相談されるようになる、相談されると施策も打てるようになる。こういう企業は、多くはないけど出てきてはいます。信頼される会社への好循環をどう生み出すのかが大事だと思います。

「みんな違ってみんないい」その先へ

――LGBTの問題は当事者の内面に思いを致すことがなかなか難しいという側面があります。

松岡:今回の本は、当事者のみならず「アライ」(LGBTを理解、支援したいと思う人)と呼ばれる人からもすごく反響がありました。どうしても「みんな違ってみんないいよね」で認識が止まってしまう人も多いのが現実。フラットにコミュニケーションを取ることは重要ですが、一方で当事者の経験した困難を「たいしたことはない」と矮小化してしまう危険性もあります。「想像力」を持たないと、飲み会で初対面のトランスジェンダーの人に突然「あなた、下はどうなってるの」と悪気なく聞いてしまったりする。

神谷:被差別部落問題に取り組んでいる方がこの本を読んで「こっちでもカミングアウトは一世一代のものなんです」って言われたり、法律の議論の時も在日コリアンの方から「まさにこのカミングアウト、私たちも困った」とか「私たちの文脈でもアウティングって言いたい」という話を聞いたりしました。特殊な問題とされがちですけど、実は共通する部分が多いというのが、反響を聞いての感触です。

――当事者の中には「構わないでほしい。だから特別な対応は必要ない」と強く主張する方もおられますね。

神谷:もうこの生活でずっとやってきた、それを動かされたくないっていう方もいらっしゃるわけですよね。「派遣労働者」が問題となった時にも、「私はぎりぎりのところで頑張ってきた。それに誇りを持っている。だから下手なことをしないでくれ」と言うシングルマザーの方がおられたそうです。

 ただ、頑張れる人はいいけれども、頑張りきれない人もいるし、統計的にみても大変な思いをしていることも事実。それに例えば、一口に女性問題と言っても就職差別やシングルマザーなど中身は多様ですよね。LGBTの場合も同じです。そもそも対策を法律で義務化されたのも今回がやっと初めてです。まず共通となる土台・土壌を作った上で、カミングアウトしたい人、したくない人の自由や個性を担保する多様なメニューを、企業の側がこれからどう作っていけるかだと思っています。

松岡:「自分は今の現状に満足しているし、これで生きていけるから困っていない。今更”LGBT”と光を当てられるとむしろ困る」という人もいれば、「今、SOGIハラを受けて会社を辞めなければいけない」という人もいる。当事者によってももちろん経験や状況は異なるので、データとして傾向を見るのは、当事者、非当事者問わず必要な視点ではないかとは思います。

――LGBTというカテゴリーの枠にはめ込んで機械的に対応するというのが、そもそもダメな対応なのかもしれないですね。

松岡:そうですね。例えば、LGBTの人の中でも、もちろん”飲み会での下ネタ”が好きな人もいれば、そうでない人もいる。いきなり聞いたりするのは、別にLGBTに限らずよくない。でもどうしてもLGBTと言うと、自分とすごく距離のある存在だと思われてしまう。当事者と接して、こういう人もいるんだということを感じながら、できる範囲で想像力の引き出しを広げていくことはできると思います。

同性愛を認めると「国が滅びる」のか

――最近も東京都足立区議が「同性愛を認めたら足立区が滅びる」と議会で発言して問題になりました。LGBTや性的マイノリティーを認めることは、日本の伝統的な家族のあり方の崩壊につながるという考えは、まだまだ根強いのでしょうか。

神谷:そういった言説は出ていますが、データとしてそれが立証されたことはない。つまり国が滅びたりはしないということも分かっているし、トランスジェンダーの性別変更のハードルが低くなっても、それで混乱が起こったという事実はない。

 もう一つ、合理性の問題として、訴訟リスクがあります。今回の法律では労働局に是正を勧告されると、従わない場合は企業名まで公表される。アウティングや差別を理由に訴訟を起こされ、訴えを認める形で和解になるケースも出てきている。しっかり対応しないと損するのは会社の側だし、海外などでは、ハラスメントで会社がなくなるほどの賠償を迫られる例もある。その傾向は今後も強まっていくでしょう。

松岡:同性婚を法制化している国を見ても、同性婚を認めることで少子化が加速するといった相関関係にないことは明らかです。ただ、「自分の回りにLGBTはいない」と思い込んでいる人が「同性婚をすると国が滅びる」みたいなことを言ってしまうと、当事者は傷つきますし、そんな人にカミングアウトしようとは到底思えません。さらにその人は自分の周りにLGBTはいないと思い込み、負の循環が進んでしまう。まずはエビデンスベースで知識を整理して、その先に、できれば当事者と実際に会って話してみてほしいですね。

神谷:15年前は「日本にLGBTなんかいない」って言われましたけど、今やドラマや映画が次々に出てくる時代。LGBTに関する情報をどんどん発信して、非当事者もそれに触れていくことで、日常が少しずつ変わっていくと思います。