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画集「真鍋博の世界」  物語への期待を誘う装画の魅力

『真鍋博の世界』から

 私は真鍋さんのアガサ・クリスティーや星新一の装画シリーズが好きだ。どちらもタイトルが特徴的で、それだけで何かを期待させる。しかしそれがなんなのか、読者には見えないから、確かめたくて読みたくなる。たとえば『そして誰もいなくなった』『象は忘れない』『妄想銀行』『悪魔のいる天国』。この数文字の言葉の引力を真鍋さんは強烈に増幅させるイラストを描いた。

 タイトルの得体(えたい)の知れなさを強化し、解説しすぎることはない。それでも絵が、物語に肉薄しているのだということだけは未読の人間にもわかってしまう。そんなちょうどよい、奇跡的な距離感の装画が多く存在していた。絵を見る人の想像力を強く信頼した描き手であったのだろうと思う。

 真鍋さんの絵には、未知の光景が多く描かれたが、それでも見る人を突き放すことはない。むしろそれをきっかけに頭の中で想像を勝手に始めてしまう。この線はなんだろう?この形は何?と。どこか、自分もその「未知」に参加できる感覚があったのだ。自分の想像力さえも鮮やかに感じられる、それが真鍋博さんの絵の魅力だと思う。=朝日新聞2020年10月17日掲載