小児まひで体が思うように動かせないなか、言葉を紡いだ夭折(ようせつ)の詩人が、山形県にいた。赤塚豊子(1947~72)の詩作品に関する企画展が、同県で開催中だ。25年の生涯で生み出した詩は彼女の死から半世紀近くを経て、再び光を浴びる。
《アテモナイテガミヲ カイテイルワタシ チセツナ シコウノナカデ ウブゴエヲ アゲルコトバヲ ヒロイナガラ シロイカミノウエニ テヲ フル ワシテ カイテユク》(「テガミ」から、 は原本で誤記を塗りつぶした部分)
パチ、パチ、パチ……。
赤塚薫さん(71)は、姉である豊子の部屋から夜ごと漏れ聞こえてきたタイプの音を、いまも覚えている。
豊子は山形県天童市に生まれた。生後間もなく小児まひを患い、手足を自由に動かせず、話すこともままならなかった。祖父母の助けを得ながら文字を覚え、22歳の頃に手に入れたタイプライターを使い、カナ文字で詩をつづり始めた。右手の親指に左手を添え、体重をかけて文字盤を押す。時には爪が割れ、血がにじむ。豊子にとって文字を記すことは、まさに身を削る営みだった。「東京で小説家になりたい」という夢を抱えたまま、豊子は66編の詩を残し、25歳で世を去った。
アートディレクターの宮本武典さんは山形の大学に勤めていた約15年前、彼女の詩集を偶然手に取った。「自分の思いを残したい。その生きるよるべとしての自己表現に心が動いた」
宮本さんは豊子の詩を紹介する機会を探っていた。東京パラリンピックが予定されていた9月、自身が芸術監督を務める公益文化施設「まなびあテラス」(同県東根市)で、企画展「テヲ フル ワシテ カイテユク」を開催(11月8日まで)。詩人の回顧展としてではなく、現代を生きるまなざしで豊子の言葉を見つめて欲しい。そんな思いを込め、書家の華雪さんが豊子の詩を書として紙や木材などに描いた作品を並べた。
山形での開催に先立ち、華雪さんが豊子の「テガミ」を1文字ずつ記した本も刊行した。今夏、東京・銀座の森岡書店で記念イベントを開いた宮本さんは、若い人々が豊子の詩を手に取るのを見届けた。「生前、豊子は生まれた場所から出られなかった。けれど彼女の手紙は、いま確かに私たちに届いている」
「私が死んだ後、いま私がやっていることには、きっと大きな反響がある」。豊子は母親にそう話していたと、薫さんは振り返る。「姉の言葉通りになっている。本当に不思議ですね」
《ワタシハ アルク マボロシノアシデ タトエ ワタシノイコツガ クロイツチノナカヘ キエテモ ワタシノタマシイハ マボロシノアシノウゴキヲ トメナイダロウ》(「ワタシハアルク」から)(山本悠理)=朝日新聞2020年10月21日掲載
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