岡田暁生「モーツァルト」書評 宇宙の音をコピーし遊ぶ幼児性
ISBN: 9784480683830
発売⽇: 2020/09/09
サイズ: 18cm/271p
モーツァルト よみがえる天才3 [著]岡田暁生
数年前、突発性難聴になって生活必需品だった音楽が生活から完全に消滅してベートーヴェン状態(笑)になってしまった。
難聴に苦しんでいたある日、夢にモーツァルトが現れて一冊の本を僕に手渡した。彼の伝記だった。それから間もなくして、中国での歌劇「魔笛」の舞台美術の仕事が舞い込んで来た。夢を思い出して、モーツァルトの伝記を数冊読んだ。
本書も伝記であると同時に天才論である。僕の難聴がモーツァルトと出会う切っ掛けを作ったような錯覚を抱きながら難聴で聴くモーツァルトの音楽は、朦朧(もうろう)として五感を超え、まるで幻聴のように反復しながら聞こえてくるのだった。それを第六感的音楽と呼ぶことにした。
もともと、モーツァルトの音楽は五感を超えた阿頼耶識(あらやしき)の底から発信してくる霊的な音楽のように感じていた。だから聴く者の霊性によってモーツァルトの音楽は多様化するのではないだろうか。
モーツァルトは絵に描いたような天才の資質を具現する。本書でカントは天才と芸術家は同義、「無から規則を作る」人という。創造者は神の代弁者でもある。
モーツァルトは無意識界からだけではなく、異次元からの情報も本能的にキャッチして、不必要な知識や常識は無意識にブロックしてしまう。あとは魂の音をコピーして感じるままに音楽を遊ぶように作っているのではないだろうか。余計な人間的努力など必要とせず、すでにそこ(宇宙)にあるものを写し取っているように思う。彼は運命の意志に身をゆだねることで、成るように成った。それがモーツァルトなのではないのか。
歌劇「魔笛」に登場するパパゲーノの特徴として、著者は「物まね性」「反復性」「遊戯性」を挙げているが、こうした幼児性(インファンティリズム)こそが芸術の核であり、天才の条件なのではないだろうか。
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おかだ・あけお 1960年生まれ。音楽学者。『オペラの運命』でサントリー学芸賞。ほかに『西洋音楽史』など。