1. HOME
  2. コラム
  3. 季節の地図
  4. わたしたちの時間 柴崎友香

わたしたちの時間 柴崎友香

 夏前に、小中学校といっしょだった友人からSNSにメッセージが来た。よく遊んでいた四人でのオンライン飲み会の誘いだった。何年も会っていなかったのだけれど、画面上で並んでみると、みんな予想以上にそのままだった。いつだったか忘れるくらい前に会ったときの続きみたいな感じがした。変化したことだってたくさんあるが(いっしょに登下校していたころからは三十年以上経っているのだから当然だ)、誰が話題を始めて、ぼけたりつっこんだりするのは誰で、という会話の感覚が、あまりに馴染(なじ)み深いものだった。

 先月は、高校時代の友人と会った。AさんとBさん、それぞれとわたしはときどき会っていたが、二人は長らく会っていなかった。先にBさんが来て、Aさんとは何年ぶり? と聞いたら、卒業以来やで、会ってわかるかなあ、と言うので、すぐわかるで、変わってないから、と答えたそばからAさんが現れ、顔(しかもマスクあり)を見た途端に、お互いに声を上げて駆け寄った。

 他人から見れば、わたしたちは高校生からはだいぶ遠く、「全然変わってないやん」なんてことはないのだろうけど、わたしたちにとっての「変わらなさ」は、その人らしさなんだと思う。話し方とか表情とか、その人であることを認識する全体としか言いようがないもの。

 そのAさんの、高校生になる娘と話す機会があって、わたしが二十歳ぐらいのときにAさんを撮った写真をあげた。お母さんと、こっちがお父さん、とわたしが説明すると、彼女は「えっ、お父さんとお母さんってそんな若いときから知り合いなの?」と驚いていた。出会いなどは詳しく聞いていなかったらしい。

 十七歳の彼女が生まれる前の、時間。わたしたちがいっしょに過ごしていた時間が長くあって、会うたびにその長い時間をお互いの中に見ている。その頃の顔を、今の顔に重ねて、変わらないなあ、と思っている。そういう友人がいるのは、とてもいいことだ。=朝日新聞2020年11月4日掲載